この世界がハンターの世界だということを理解した郁。世界が変わったからといって、体質を除き特に変化はないため、郁はそれを受け入れ、いつも通りの生活を送っていた。そんなある日のこと。
「タケル!!!」
「ぎゃあああ!!?」
自室のベッドで就寝中のタケルに、郁は襲撃をかけていた。突然のことに驚き、体を小さくさせるタケル。それに構わず、馬乗りになる形でタケルの着るパジャマの襟を掴んだ。これは、なにも弟の寝起き顔をじっくり見るための奇襲ではなかった。あることを確認しに来たのである。
皆さんは、以前郁の着替えが覗かれるという珍事件があったことを覚えているだろうか。嫌なことは直ぐに忘れてしまう性質の郁だが、脱衣所で外した下着を見て、あることを思い出したのだった。
「この下着は…」
確か、よくわからないけど無駄に美形な男に見られた下着だ。あのイケメンっぷりは…主人公格かもと思えるほどだった。しかし、ハンターでそんな人いるのかな。序盤程度しか知らないのだが…。金髪で女性的な顔立ちの…イケメン。わあ、それって序盤に出てきてるクラピカさんじゃないですか。特徴的な服装といい、もはやそうとしか思えないが、それでも郁は確認しにきたのである。郁の下でタケルが呻く。
「く…首が…へ、平和的、解決…を」
ただでさえ力が強い郁。ライセンス持ちでありそれなりに仕事もこなすタケルだが、彼女を前にすればその命すら風前の灯である。郁はそれをしばらく眺め、顎に指を添えた。ここでタケルに「クラピカと友達なの?」なんて聞いたら、タケルからその話が巡りめぐってクラピカに話がいって、何か勘違いを生むかもしれない。……良くてストーカー、悪くて人体を売買するハンター。どれも最悪すぎる。ということで。
「タケルって友達いる?」
「いるよ!!!」
息をつめていたタケルだったが、失礼すぎる質問に対して思わず大きく反応した。
「前来たのも友達?」
「前って……あ、ああ…ゴン達のこと?」
ゴン、て…。
こんなにも地味で影が薄いのに、まさか主人公とオトモダチとか。あまりにも衝撃的な事実に、郁の思考はそこで止まる。まるで石になってしまったように動かない。それに堪えきれなくなったのは…
「ちょ、もう俺無理…かも」
未だ姉に乗られ下敷きにされたままのタケルだった。寝込みを襲われ、友達がいるか聞かれたかと思えば…ただならぬ殺気を向けられる。あまりもの恐怖に、意識が飛びそうである。この状況を変えたのは、ある意外な人物の襲撃だった。タケルにとっても、そして後の郁にとっても…歓迎できない人物はガラリという音をたてて開いた窓から、飛び込んできた。爽やかな黄色が視界に映りこむ。
「タケル!新しい仕事が、」
視覚情報はすぐに郁の頭の中を駆け巡った。フライパンを叩くような音が鳴り響く。…金髪青年?
金髪…
「ギャーー!?」
郁の口から思わず上がったそれは、もはや絶叫の類いだった。力の抜けていた手元にも、再び緊張が走る。
「ひぎぃーー!?」
そしてれに悲鳴を上げるのはもちろんタケルである。一方、侵入してから初めて室内の異様さに気づいた侵入者。それまで目を瞬かせていたかと思えば、徐に手をポケットへと差し込んだ。
「とりあえず…」
パシャリ
侵入者は掌に収まっている端末の画面を確認し、爽やかな笑顔を浮かべた。普通であれば癒されそうなものなのに、なぜか寒気が止まらない。
「間が悪いみたいだね、今日は帰るよ」
「……」
「……」
沈黙する姉弟。しかし郁は、金髪ショックから徐々に立ち直りつつあった。前聞いた声と、違う? 恐る恐る、視線を上げて…まじまじと金髪青年を見つめる。
(誰だ、こいつ…)
プリティフェイスに、坊っちゃんカット。ショタの要素が満載なのに、なぜか体は南斗の拳みたいに筋骨隆々としている。なんか、まあ、と、とにかく。クラピカさんとは似ても似つかない青年だった。彼は、こちらへひらひらと手を振ったかと思うと窓枠から身を投げ、足をつけた屋根伝いに退場していった。
「……タケルの…友達?」
「いや、クライアント…」
そういえば仕事がどうとか言っていたが、なにか腑に落ちない…。
「撮られたけど」
郁の問いに、タケルはただ首を横へ振り、虚ろな目で天井を見上げた。
「…曝される」
その晩タケルは「クロロが…イルミに…」と、人の名前を譫言のように口にして枕を濡らした。郁はというと、その図太い神経で相も変わらない快眠を貪るのであった。
121124 第四話/完
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