次の日。
朝のHRが終わり、クラスメイト達はそれぞれに時間をすごしている。郁は1限目の教科書を机の上へと出し、前で話しかけてくる友人の顔を見返した。
「それでさー」
「う、うん」
「……なに」
流石に友人も不審に思ったようだが、その問いは華麗にスルーさせていただく。そして、教室内を見回した。そこには昨日と何一つ変わりない風景があるだけ。……別に、見覚えのない転校生がいるわけでもないない。昨日箒で遊んでいた男子が今日は塵取りで遊んでいるくらいだ。
「いや、待てテニスの時もそうだったわ」
自分の周りは何も変化がなくて…だからトリップしたことにしばらく気づけなかったのだ。郁さんはただ転ぶだけではないのだよ!!学ぶんだよね!! と、警戒心を解くことなく身を固くした。
──その時
「なに、また何か夢見たの?テニプリの次は何よ?」
目玉が飛び出るかと思う程に、郁は極限まで開眼した。このお嬢さんは今…テ、テニプリとか言いませんでした?
「そんな夢の話したっけ?!」
「覚えてないの? なんか、いつの間にかタケルくんが立海通ってて〜みたいなこと言ってたでしょ」
友人の口から出たそれらの言葉が、郁の頭の中で何度も再生される。目の前の友人は心底不思議そうに、首をかしげた。
「ていうかよくあんな夢が忘れられるね」
「……夢」
──これって、どういうこと? もしかして、全部夢だったとか……そういうことか。今時B級映画でももう少しまともな落ちをつけると思うけど。でも、そうか。きっと今までのことは全部夢なんだ。
「あああもう、悩んで損したー!」
腕を伸ばして机にへばりつく。教科書が頬に冷たさを伝える。跡に残ることも意図わず、更に机へと頭を押しつける。ああ冷たい、そして教科書が食い込んで痛い! これが現実! 友人は郁を虫を見るような目でみている。
「なにやってんの、すごく気持ち悪いんだけど」
夢でも現実でもこいつは私に辛辣すぎると思う。しかしいまはそれがありがたい。
「──で、今度はどうしたの」
冷たい言葉を発しながら郁の方へ顔を向け、聞く姿勢を崩さない友人。その優しさにすっかり安心しきった郁は体を起こし、教科書の跡がついた頬を隠すように肘を立てた。
「いやー、昨日いきなりタケルがハンター試験受かったとか言ってきて」
本当リアクションに困ったわけ!と、笑ってみせる。中学生って色々大変だよねぇ。
「へー」
どうやら一人っ子の友人には理解できなかったらしい。ならばリアル中学生の弟を持つ姉の、私の大変さを説いてあげよう。だが、友人はしごく当たり前のことようにある質問を投げてきた。
「ハンター試験って、簡単なの?」
「いやいや、ハンター試験は。ハンター……え?」
「いや、だって郁だって受かったんだし。簡単なのかなーって」
受かった? 何に?
ハンター試験に?
「そんなわけあるか」
いつ受けたそんな2次元イベント。真顔で返答をした郁だったが、目の前に座っている友人は、それとは別の意味で理解し頷いた。
「もちろん、冗談だって……なんかあれでしょ?売ると人生7回遊べるんだっけ?」
つまり、ハンターライセンスって人が7回死ぬ価値があるってことでしょー? 笑う友人に、笑いかけようとするが、郁の表情筋は1ミリも動かない。
「郁、今日変じゃない?風邪?」
「……大丈夫、色々な所から汗が止まらないだけだから」
「風邪だろ、帰れ」
結局その日は早退することなく、普通に授業を受けました。ただ、体育の授業で何気なく掴んだ鉄棒がまるで紙粘土のように変形したのを見て、ああこれはもう認めざるを得ないな…と思いました。
初めまして、新生活!
121112 第三話/完
140310 修正
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