02

その晩。
家族で、夕食を囲んでいたときのことである。私は珍しくご飯を盛り付ける働きをして、席についていた。すると、正面に座るタケルが口を開いた。

「──いやいや、これ姉ちゃんの茶碗だよね?」

確かに、タケルの前に置いた茶碗は普段私が使っている物だ。だからなんだっていうんだ…おしゃもじを片手に、首をかしげる。

「だから?」

「いや、俺には無理だから」

……。
あ、なるほど。普段私が使ってる茶碗なんて使いたくないと? どうしようかなり傷ついた。思春期の反抗かな。全力で潰さないと。

「喧嘩売ってんの?」

「違います!」

怒りのままに睨んでみれば、タケルが椅子ごと後ろへ距離を取った。ギシギシと部屋に鳴り響いたのは、椅子の軋みなのかタケルの胃か。お母さんは箸を止めたかと思うと、「卵がないわね」とか言って部屋を出ていった。相変わらずメタボなお腹をこさえた父は、新聞を畳みながら、小さく咳払いをする。

「郁、タケルを苛めてやるな…その茶碗はお前しか使えないだろ?」

「いいよ父さん…姉ちゃんなりの叱咤激励だろうし…」

「は? だからさっきからなに言ってんの」

叱咤激励?ただ茶碗にご飯をよそって渡そうとしただけじゃないか。試しにタケルの膳にある茶碗を持ち上げてみるが……やっぱり、普通の茶碗だ。

「だから、私が使ってるお茶碗は気持ち悪くて使えないんでしょ?」

「うわああああ違うから!違うからそのオーラ消してくれ!」

「意味わかんないこと言ってないで、ちゃんと話せ簡潔に」

オーラとか言っちゃって、これだからリアル中学生は。心の底から絞り出された郁の溜め息は、氷点下並みの寒気を孕んでいた。少なくとも、タケルにとっては。

「……正直、ハンター試験合格してから調子に乗っていた若輩者の俺には100キロ茶碗は無理です深く反省して明日からまた鍛練に励みます」

この地獄の空間から解放されたいその一心で、言い切ったタケル。しかし、郁は混乱にますます拍車がかかっていた。今、2つほど気になる言葉があった気がする。まず、ハンター試験ってなに。あと、100キロ茶碗ってもしかして私の持ってるお茶碗さんのことじゃないよね。まだ納得できていない郁だが、父親はこれで解決したと言わんばかりに手を叩いた。

「よし。タケルも反省したことだし、飯を……って郁、母さんどこ行った?」

「は?あ、ああ……そういえばさっき卵がないとか言って、廊下に」

「え!この中途半端な食卓を残して狩りに行ったのかよ!」

「ハハッ………狩り?」

な、なにこれ。さっきから嫌な予感が消えてくれない。ハンター試験とか、狩りとか。背中に流れ落ちる冷や汗。周りの音が遠くなっていく。心なしか、足元がふらふらしてきた。

──あ、だめだもう。ちょっと部屋戻ろう。それで漫画とか音楽とか聞いて、頭の整理をしないと倒れてしまいそうだ。しかし、席を立ってフラフラと歩き出した郁の耳はしっかりと周りの会話を拾い上げていく。

「う、うーん……美食ハンターっていうのも考えものだな」

「父さんも諦めるなよ…あれ?姉ちゃんどこいくの?」

柳のように、ゆらりと振り向く郁。再びリビングから温度が消えていく。時計だけがカチカチと音をたてる異様な空間に、父子は同時に生唾を飲み込んだ。

「部屋」

「そっか…えーっと…茶碗持ってくの……?」

「そういえばそうだった……あ」

「「あ」」

力の抜けた右手から滑り落ちたお茶碗。スローモーションのように、ゆっくりと落ちていく。

割れる…!

ようやく郁の意識が戻ったその時、茶碗は既に床と接触していた。

ドゴォオオオオ

そして、割れるどころではない惨状が、郁の足元に広がったのだった。


121110 第二話/完
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