01

ガタガタ、

玄関先から聞こえた音に、郁は動かしていた手を止めた。途中で書き終わったままの英単語から、部屋の扉へと視線を移す。なんだろう…この時間だから、タケルが帰ってきたのかな。壁に掛かっている時計は、夕飯時を知らせている。机にある珈琲も、いつの間にか飲み干してしまっていた。

結構飲んだな、と考えている間に「ただいまー」という間の抜けたタケルの声と、複数人の話し声が聞こえてきた。ああ、やっぱりタケルか…学校の友達でも呼んだのか。普段の私であれば…いや、前の世界の私であればそう片付けて何事もなかったように、机に広げてある英語の宿題に向かっただろう。

しかし、いや…ちょっと待て。もしかしなくてもタケルの連れてくる友達って……テニス部員……? ハッとして自分の服装を見る。ジャージだ。ちなみに中学時代の、それなりに年期の入ったジャージである。王子様達と一つ屋根の下にいるというのに、これはいけない。急いでタンスから無難な服を見つけ、ハンガーと服の取り合いをする。中々取れない服に舌打ちをして、先にジャージを脱ぐかと豪快に脱ぎ捨てた。音もたてず、扉が開いたのはまさにその時だった。

「タケル、先に……?!」

郁の目へと真っ先に入ったのは、眩しいと感じるほどの黄色い髪だった。その次に、陶器のように白い肌へと意識が向く。こんな人、あの作品にいたかな。静寂の中で、郁はぼんやりとそう考えていた。

「……」

「……」

いつまで続くのかわからないこの静寂を終わらせたのは、郁の肩から パサリと布が落ちた音だった。そしてその音で我に返ったのは、扉を開けた人物だった。

「す、すまない…タケルに部屋を…いや、本当に申し訳……!」

わっ!と口から濁流のような言葉を放ち、最後には息を切らし肩を激しく上下させながら、扉が閉められた。なんだこの恋シュミ展開は。もしかしてドキドキサバイバル的なゲームルートにでも入ってしまったのだろうか。あのサラサラ金髪ヘアーさんはオリジナルキャラクターだったりするのか。

「……ヘクショッ」

色々と混乱しているが、とりあえず着替えを続けることにした。ハンガーを手前に引っ張れば、今度はスムーズに服を捕まえることができた。袖に腕を通し、襟から顔を出す。胸元のシワや黄色いリボンを軽く撫でつけながら、 そのリボンの髪色をした先ほどの人物を思い出す。郁は、難しそうに眉を寄せて短く唸る。

「さっきの人、どこかで見たことあるような…」

いつの間にかガヤガヤと騒がしくなった壁の向こうを思う。お茶でも出しに行って、直接誰が来ているのか確認するというのも手か。


まあ、行かないけど!
友達が帰ってからタケルに直接聞けばいいんだし。なにもわざわざ危ない橋を渡ることはない。そう心に決めると、余裕綽々といった様子郁は再び椅子に腰かけた。

そして、ここで1つの問題が発生した。お、お手洗いに行きたい。空になったマグカップが、この症状の原因だということは明確だった。

「なんで珈琲、飲みきっちゃうかな……」

過去の自分を呪うが、もはや手遅れ。更なる問題は、トイレがタケルの部屋の目の前あることだ。もう1つ、一階にもあるが…道のりが遠い分、リスクが高い気がする。しかし、タケルの部屋に近いトイレにしたとしても入っている間にドアをノックされたりしたら…恥ずかしさと気まずさで、便器に頭を突っ込む。間違いない。というわけで、郁は一階のお手洗いに向かった。

「……よし」

さっき覗いてきたイケメンもいない。ドアの前で固まってなくてよかった。安堵で肩から力を抜く。そしてすぐに気を張り、辺りを警戒しながら階段を降りた。私は空気私は空気。その祈りが天に届いたのか、無事に目当ての場所へ辿り着き用事を済ませることができたのだった。

「あー…」

すっきりした。気分としては、籠城していた城に水攻めを受け、四面楚歌になった状態から生き残ることができた殿様だ。背中で流れる爽やかな水の音を聞きながら、郁は自室へと戻った。


121101 第一話/完
140309 修正
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