02.お色気イベント

──パタ、ン…

出来る限り、ゆっくりと扉を閉める。その後も郁はしばらくドアノブを握っていたが、ドアのむこう…タケルの部屋と面している廊下から音が聞こえないことを確認し、優しくゆっくりと指を離した。どうやら郁が危険視している人物は、まだリビングにいるようだ。

「……これが明日も、とか…」

安堵しきれない気持ちで、部屋の明かりを点ける。ベットの上に投げ出されていた携帯を手に取り、その身を横たえた。

「…あー」

家に幸村がいると意識するだけで、この憔悴っぷり。明日が平日だということだけが唯一の救いかもしれない。タケル達は遅くまで部活があるし、夕飯時くらいに帰ってくるに違いない。

しかし、しかし…。
あの幸村精市が我が家にいるのである。どんなに接点が少ないにしても、緊張しないはずがない。玄関先で対面した時のことを思い出す。……すごく美人さんだったが、思っていたよりも幼くもあった。

紙面で見ていた時は「社会人だろぉ…」と思っていたが、ちやほやしたがる母親に戸惑って見せたり、ふざけてタケルをド突いてみたり。まだまだ若さの弾ける中学生だった。だがしかし、だ。まあ美人だしイケメンさんだったことに変わりはない。睫毛は長いだけでなくなんか艶やかだったし、薄めの唇とかは耽美で……

「へへ…」

できるならもう一度拝みたいものだ。しかしそんな勇気もSAN値もない。…遠目になら、写真とかは撮れそうだが。気づかなければ接触もないし目の保養になるし、いいかもしれない。(※人はこれを盗撮と言います)

「デジカメどこ置いたなぁ」

気持ちの高ぶりを隠さないまま、勢いでベットから起き上がった。

「……」

「……」

タケルがいた。

タケルの青白い顔と相まって幽霊かと心臓が凍り、郁は声すら出なかった。驚かされた不快感から眉をしかめ、タケルを睨む。

「怖いんだけど」

その一言に、今度はタケルの眉間にシワが刻まれた。

「いや、それ…俺の台詞なんだけど」

「……」

確かに。部屋で姉が「へへ……デジカメどこかなぐへへ」とか言ってたら怖いかもしれない。ぐへへ、は言ってないけど…相当ゲスい顔をしていた認識はある。

「……母さんが、風呂沸かしながら入れってさ」

どうやら、タケルはこの話をなかったことにするつもりらしい。視線をあわせることなくそう言って、ドアは閉められた。色々と言いたいことはあったが、弁解の余地もないので郁も気にしないことにした。風呂に行こう。

◇◇◇

お風呂と言えば、夢小説では定番のイベント発生場所だろう。「入ってたの?!ルート」と「風呂上がり、湯の滴るいい女…ルート」の2つが主な気がする。まず1つ目だが、発生する可能性は小数点以下ほどもない。なぜなら、幸村精市くんは既に自宅で風呂と歯磨きを済ませてきたと玄関先で話していたからだ。つまり、洗面所にくる用事が1つもない。

2つ目は言うまでもなくいい女じゃないし、寝巻きも芋臭いジャージなのでありえない。本当に、1ミリも可能性がないな…。もしかしたら自分にはイベントキャンセラーなんて能力が特典として付いているのかもしれない。なんてことを考えてる間に、風呂の浴槽を洗い終えた。排水の栓を閉め、蛇口を捻る。

「やっと入れる……て、あれ?」

最後の仕上げにいれようとしていたお気に入りの入浴剤が、いつも置いてある棚になかった。念のために洗面所へ戻って、下や棚を探そうと風呂場の扉を開ける。

「っ、わ?!」

「……………え?」

すると、何かが扉にぶつかった音と、聞き慣れない声が扉越しに降ってきた。こ、これは…?ゆっくりと視線をあげると、幸村精市くんがいた。なぜか彼の額には手のひらが当てられている。あ、もしかしてさっき扉にぶつかったのって……。

「………」

「………」

なんて聞けるはずがない。とりあえず綺麗な顔に怪我はないかと、それだけを心配して郁は彼の顔を眺める。

「──あの、」

幸村から困ったような声色の声が出た。しげしげと眺めてくる郁の無遠慮な視線に、居心地が良くなかったらしい。

「あ、ごめん」

それに対して、郁はいつも変わらない調子を意識しながら返答し、いくあてのない視線を幸村の肩辺りへ落とす。

「おばさんから、入浴剤渡すようにって頼まれて……」

そう言って幸村は右手を僅かに前へ出した。確かに、そこに入浴剤が納まっていた。

「あ、ありがとう!ちょうど今探してて……お風呂中じゃなくてよかった」

郁が両手を出し、抱え込むようにして受けとる。指が触れあったりしないよう気にかけてみたが、変な持ち方になってしまった。そこで、何も返答がないことを疑問に思い、幸村を見上げる。

「……………」

「……え?」

なぜか幸村くんが固まっていた。なにこれ、把握できない。風呂場で沈黙し合う二人は、それぞれ別の意味で頬を赤く染める。あれ?私なにか言った?緊張しすぎて何を言ったのかもう覚えていない。この鳥頭をこれほど呪ったことが未だかつてあっただろうか。

まさかとは思うが……パ、パンツの色とか聞いたりしていないだろうな。自問してみるが、覚えていない。混乱の末に口走っていたかもしれない。じゃあ本人に確認しようかと考え至ったが、「私今貴方にパンツの色とか聞きました?」なんて尋ねようものならそれだけで消えてしまいたくなると気がついた。

気がついて良かった。

「あ、はは…ごめんねーお母さん人使い荒くて」

「え?あ、いえ…」

郁の言葉で、幸村はようやく表情を崩した。照れ笑いってお前、可愛いな。

「えっとー、じゃあ、うん…ありがとう」

他に何を言ったらいいのかわからず、なんとか言葉にすると、幸村も自分がいることで入浴できないと気づいたようだ。またしても頬を赤くして、慌てた様子で出ていった。

「うわー…」

目の前で閉じた扉を前に、郁は小さく呟く。手の中にあった円盤状の入浴剤は、握りしめたせいかいつの間にか割れていた。


130308 お色気イベント/完
131007 修正
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -