01.前途多難

──それは、突然のことだった。

「こんばんは」

玄関先で私に頭を下げる、少年……それと愚弟、タケル。どこからへんが愚かかと言うと、固まったままの私を尻目に平然と家族紹介を始めるところとか。

「もう知ってると思うけど、こっちは俺の姉ちゃんね」

私の反応が異様だって気づいて、微妙な表情をしている彼を放置して、更には私に何か言えと視線をよこすところとか。

「…………どうも」

とにかく、色々ちょっと待ってくれないか。

「…幸村精市です、お世話になります」

幸村精市くんが
お泊まりに来ました。

「あらま、いらっしゃい」

「これ、つまらないものなんですが、よかったら」

「まあ!」

母と幸村精市くん…が話している間に、郁はタケルの脇を突っつく。短く悲鳴をあげるタケル。何か話す前にと、郁はすかさず言葉を重ねた。

「色々と聞きたいんだけど、…まずこれどういう状況?」

「ど、…どういうって………俺の部活友達が泊まりに来てる…?」

「部活友達!?……あ、ああそうだよねごめん…そうだったね…」

補欠と言えど、タケルは立海大のテニス部だった。あの幸村とも部活友達……うん、冷静になろう。気を落ち着けようと力む郁に、タケルはまた何か自分に不幸が降りかかる前触れではないかと顔を青ざめさせた。

「なんか……まずかった?」

「…まずいってわけでは」

正直、まずいことだらけだとは思うけどね!今夜あの幸村精市くんと1つ屋根の下という…いわゆる夢展開に、今にも歓喜してしまいたい所ではある。

──私の理性はもつのか

現に今も、幸村精市くんの普段着とか下着事情とか知りたいという邪念が私の中を駆け巡っている。

「なぁに郁、前に佐伯くんが泊まった時とは随分違うじゃない」

「は!?」

いつの間に話し終えたのか、母は郁の言葉を聞いていたらしい。でも今はそれどころじゃないよね!?佐伯くんってどこの佐伯くん!?全く記憶にない話に、口があんぐりと開く。佐伯くんって、あの田舎イケメンの佐伯くんだったりしないよね?

───動かなくなった郁を見て、幸村は不安を感じていた。どうしたものかとタケルの様子を窺うが、そいつはただ青ざめるだけであてに出来そうにない。次に幸村はタケルの母を見た。視線を汲み取った母は、ニコッと人当たりのいい笑顔を返した。

「大丈夫よ、幸村くん。郁はただ幸村くんを意識してるだけだから」

「…え?」

一瞬、幸村は目を丸くする。意識している、という言葉を飲み込む前に思考の海に沈んでいた郁が浮上した。

「違うからね、お母さん」

これでもかと目を見開き、額に汗を滲ませる郁。彼女は、こんなお泊まり初っぱなから幸村精市くんと思春期的な気まずさを感じたくはない。そんな思いがあった。そこで、幸村はようやくからかわれたことに気づく。ほっ、と息を吐く。高鳴る胸を落ち着けて、郁を見返した。

───その視線を郁は真正面から受けていたが、それに気づくことはなかった。ま、まあ…どうせ、一夜だよね。夕飯も食べ終えたこの時間帯に、家の中で遭遇するイベントはないはず…。ひっそりとシャワー音聞くぐらいの、どこかのメタルでギアソリッドな感じのイベントしかないはず。ちなみに、私はただの一般人だからそんな命懸けのミッションを遂行しようとは思いません。そして遂に意を決した郁は、ぐっと拳に力を入れてようやく真正面にいる幸村を見上げた。

「驚きすぎてごめんね………郁です、よろしく」

郁は極力朗らかに見える笑顔をと努め、幸村に微笑む。幸村も、それまで浮かべていた苦笑を拭い郁へ柔らかく笑いかけた。

「2日間、宜しくお願いします」

今なんて言った


121125 前途多難/完
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -