20.好転への算段

最近、タケルの腹部はいつもに増して痛みを覚えることが増えた。それらの原因の多くは部活練習中に仲間から受ける悪戯。しかし、ここ1週間は他の原因がタケルの腹部を痛めつけていた。

姉である。

「グフオッ」

廊下、洗面所、冷蔵庫前などで突然襲撃を受ける。そして苦しんでいるタケルを暫く見下ろすのだ。その度に「なんで避けないの?わざと?わざとなの?」と、謎の台詞を吐き立ち去られる。それに言い返すことはもちろんできず、タケルはキュッと縮まった心臓と、痛む腹部を抱えながら部屋へと戻るのだ。

「──仁王、お前姉ちゃんになにかやっただろ」

「い、いや…何の話…じゃ」

それまでの経緯を話しきると、仁王は目線を下へとさ迷わせた。そして何事もなかったようにユニフォームに袖を通す。その腕を力強く掴んだのは、悲壮感の漂う表情のタケルだった。

「いつも暢気な顔で嘘をつくお前が、どうしてそんな滝のような汗をかくんだろうね?!」

明らかに動揺している仁王に、タケルは涙ながらにつめ寄る。やはり、原因はこいつにあったらしい。

「俺の話聞いてた?…毎日腹パンされて枕濡らしてんだよ…?」

襟元すら掴んでやろうかというときに、大きな音をたてて部室の扉が開いた。開け放たれた部室の扉から、元気よく飛び込んできたのは赤也だった。

「失恋……スか」

しかし中途半端にタケルの台詞を聞いたせいか、あらぬ勘違いをしてタケルに同情の視線をよこしてきた。それに力なく否定をして、タケルは赤也にも例の話をする。

「…そ、それは……」

怖がるでも同情するでもなく、黙りこまれてしまった。その間にも、着替え終えた仁王が部室から出ていこうとしたが、タケルは自然の流れでその首根っこを捕まえた。逃がさない。

「はあ、わかったわかった…確かに、覚えはあるぜよ」

「やっぱり……」

観念させたのはよかったが、状況は全く好転していない…タケルは更に肩を落とすのだった。

「え、だったら仁王先輩が…あれは俺だったんぜよ〜…って、言えばいいじゃないスか」

「……!!」

「!?」

赤也の案に、二人はそれぞれに違う意味で息をのんだ。この際、赤也の全く似ていない仁王の物真似についてはスルーだ。

「赤也…お前、冴えてる」

「ままま、待ちんしゃい」

表情に明るさを戻したタケルと対照的に、仁王の顔からは生気が失せた。もちろんタケルは弁解を聞くつもりはない。

「いや待たないね!だってお前が悪いもん!」

「歯みがき粉を受けとれとお願いしてきたのはタケルじゃろ!?」

「歯みがき粉?」

赤也だけが会話を理解できず頭を傾げ、なんの話だと聞いてきたが早く着替えろと一言かけて、遮断した。赤也にまで合宿中にイチゴ味の歯みがき粉を使っていたことがバレたら……数少ない俺のHPがマイナスへ傾いてしまうからだ。

「いいか、姉ちゃんにあれは俺じゃないって説明するんだ…!」

「お前そんなんばっかじゃな」

自分でなんとかしようとは思わないのか、と暗に言っているのだろう。しかしとても残念なことに、タケルはこういう性格なので、きっぱりと自信を持って言い返すことができる。

「まあな!」

だが、これまた残念なことにこれを聞いていたのは…仁王だけではなかった。

「……なんの、お話でしょう」

タケルと仁王がその声に振り向けば、ラケットを片手にした柳生が…気まずそうな様子でこちらを見ていた。気まずそうと言っても、眼鏡が光り彼の視線から何かを読み取ることはできないが、それでも彼の口から発せられた声色には、明らかに戸惑いの色が滲んでいた。

──聞いていたな

二人同時に、そう確信したのだった。
そこで、仁王が「あ」と短く声を漏らした。

「柳生が俺の変装をして、タケルの姉貴に会えばいいんじゃないかの!」

「遠慮します」

間髪入れず、却下された。やはりこいつ聞いていたな。じとりとした目線で柳生を見れば、短く溜め息を吐いた。

「私はラケットの交換にきただけです」

「そう言わずに!何も怖がることはないぜよ!」

「……貴方のその必死さが、なによりも恐ろしいんですよ」

完全に柳生へ飛び火した形だが、タケルにとっては仁王でも柳生でも良い。とにかく明日の我が腹を労ってやりたいのだ。

「姉ちゃんに会って、ちょっと話すだけだからさ…」

「……女性を騙すということは…あまり、したくないのですが」

「う、…」

フェミニストな彼がいつになく憎い。やはり…仁王に頼むしかないか…。タケルの視線に、仁王はふるふるとその銀色の尻尾を横へ、振る。そして仁王の視線は柳生へと向けられるのであった。……どれだけ恐ろしい経験したんだよ。気にはなるが、聞きたくないので黙っているが。この三角関係の出来上がる頃には、赤也も部室からいなくなっていた。珍しく懸命な判断である。

「………わかり、ましたよ」

そう言って柳生が折れるのは、それから5分後のことだった。これでタケルの腹は安全を約束された。


121106 好転への算段/完
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