朝、郁の携帯がメールの受信を知らせた。ベッドの上で光るそれを手にし、開く。
「…タケルから?」
なんだろう、合宿が長引きそうとかそんな話かな?さて、内容は…。液晶が面が写し出したのは以下の文だった。
《流石にイチゴはないと思う》
「はあ?」
イチゴ?凄まじく意味がわからない。何の話だろう…。あれか、誰かのパンツの柄とか?ええええなにそれ可愛いじゃないか!誰のパンツなの誰の!!
《誰のパンツ》
短文のメールを送ると、今度は着信だ。もちろん発信者は、タケルである。
「はいはーい」
《姉ちゃんは俺とまともにメールする気もないのかよ!?》
……携帯、耳にあてるんじゃなかった。スピーカーから激流のような轟音が、頭をぐああんと揺さぶられる感覚。
「…至ってまともな返信をしたよね私」
《え、どのへんが?パンツってどのへんがまともな話題なんだよ?!》
「わあ…大声でパンツとか…恥ずかしいね、タケル」
《………》
「ちなみにタケルのパンツの柄とか興味ないから」
《歯みがき粉の味、イチゴにしたの姉ちゃんだよな》
ほほう、話題を変えるかタケルくん。それもまた良いだろう。で、なんだったかな?ああ、歯みがき粉か。そういえば確かにイチゴにしたわ…ちょっとした悪戯心から。
「で?」
《…………。さっき…部員に見つかって…もう…堪えられない》
散々いじり倒されたのか、電話越しでもタケルの疲労が窺える。中学生だもんね、特にブン太とか苛々する絡み方してきそう。
「そっかーごめんごめん、でもさイチゴ味しかなかったんだって」
《…父さんのやつとかにしてくれれば良かっただろ》
「父さんがイチゴ味になるってこと?」
なにそれ面白そう。はあ、と一際大きな溜め息が聞こえた。再び「ごめんってば」と、一応反省しながら言い重ねる。
《…歯みがき粉、持ってきて》
「は?」
《合宿所知ってるよな…謙也のやつ世話したんだし》
「いやいや、は?ちょっと待て、あと1日でしょ?」
1日ぐらい我慢しろよ!そんなんじゃこれから先、郁お姉さまの弟として生きていけないぞ。
《姉ちゃんに入れられたって言ってもあいつら信じないんだよ!!》
「…えーー?」
《来なかったら、……姉ちゃんの醜態を部長たちに話す》
「……。」
──そんな姉の弟やってんのかようわぁないわぁタケルないわぁ…と、いじられているタケルの未来が見える。結局自分の首絞めてるよ、タケル。
《今日の17時に合宿所のテニスコートね》
「いや、待って行くなんて言ってないし…タケル調子に乗るな」
《ね、姉ちゃんが悪いんだろ!》
ブチッ…
「……。」
沈黙してしまった携帯を、唖然としながら眺める。暗くなった画面に写る自分の呆けた顔。う、嘘でしょ…。テニスコートって、つまり主要人物たちとエンカウントする確率ヤバくないか。
うっわぁ……。
身体中を寒気が襲う。ぶるりと震えた肩に手を置き、今できるベストについて考え始めた。これぞまさに、自業自得ってやつなんだろう。頭の端でそう思いながら、父さんの歯みがき粉取りに、郁は洗面所へ向かった。
121016 自業自得/完
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