「……」
「……」
ただザッザッと歩く。無言。私の隣にいる忍足謙也は気まずそうに眉をハの字にしたり頭を掻いたりしている。
「ほんま、すんません…」
やっと出たのは先ほどから何回も繰り返している言葉だった。
「…いえ!!!」
ザッザッ
再びの沈黙。だってしょうがない。初めのうちは「謙也とちょっと絡めるなら儲けモンか」とポジティブに考えてたけど…。
「ここですか?」
「あーちゃう、なぁ…もっと木が生えとって…ごっつ綺麗な…」
といったように、私が候補に上げた公園をことごとく不採用にするため、いい加減疲れたんです。そもそもこんなイケメンがなんでピンポイントに私を案内役に選んだの?神様のプレゼント?こんな重箱級のプレゼント正直いらない!
ブブッ
「ぎ、」
「ん?」
いきなり聞こえた小さな振動音に思わず「ぎやぁ!」と言いそうになったが、精神力で止めた。そのせいで空気を飲み込んで気持ち悪くなったけど。
一方、忍足謙也くんはそんな奇行に気付くことなく、ポケットから取り出した携帯の液晶画面に目をパチパチさせていた。
「もしもし?」
「……ぜぇ」
喉から込み上げる空気(つまりゲップ)を押さえ込みながらそれを見る。…てか…携帯…ピンクだ可愛いなおい。
「なんやて!え、俺いまちょっと道聞いとって…今?えーと、スクールゾーンがあるとこや!」
忍足謙也の携帯からため息が聞こえた気がした。その回答だったら仕方ないな。
「…せやから…あーわかった!ほなちょっとお姉さんに代わる!」
「は?」
耳にいきなり押し当てられた黒い携帯「あ、ちょ…はぁ。」というセリフが携帯から耳に届く。え、ええ!?出ろと!?
頭の後ろあたりからサァ…と血の気が引いていく。目の前で申し訳なさそうにしている忍足謙也の顔はやたら近いし、耳はさっきのため息ボイスがまだ残ってるし…。
「もしもし?」
ぎゃあああ…
「…………は、ははははい?」
「謙也の奴の道案内してくださってる方…ですよね?」
「は…はい」
必死に声を出す。
泣きそう。
「ホンマすんません」
「…いえ。」
ところで、なんかこの声聞いたことあるんだが……いやいやないない!きっとモブ、モブだから安心しろ自分緊張するな自分。
「えっと…忍足謙也くんの…目的地、わからなくて…とりあえず駅周辺の公園回って…るんだけど」
モブ意識により大分余裕ができてきた。道路標識で現在地を確認する…御幸町か。
「今は緑ヶ丘公園の近くで…。マックとか、ファミレスが沢山あるとこなんですが」
「マクド…?あ、もしかして御幸町のですか?よかった、俺も今その近くにおるんで…」
ああ、なんだ近くにいるんだ。よかったこれで解放される…!そして生マクド発言聞けたわーー!!
「じゃあ、っぐえ!」
声を弾ませたその時、襟元がいかなり詰まった。ヒキガエルの声ってまじでこういう時でるんだな。スピーカーから漏れた「え?」なんて呟きが耳から遠ざかる。ちょ、なに!?
「郁、心配したよ?」
代わりに届いた声は千鶴ちゃんの声だった。振り向きかけたまま体が固まる。え、え?どうしようこれ怒ってる?え?……よ、よーし。ボケという名のバリケードを張ってしまおう。つっこみたくて感情なんて消えてしまう程のボケを…!
「あ、あたしもなんだぞ!」
「あはは、気持ち悪い」
バリケードどころか俺のハートまで踏み潰されましたね。
「いなくなったと思ったらナンパ?頭バクハツすれば?」
「ちが、ごめんなさい」
「荷物持ちながら探し回ったんだからね…」
「荷物持ちます」
荷物ってお前…ちゃんと買い物してんじゃねぇかコノヤロー。しかもこの紙袋の店すぐ近くにあるよね?店から出て偶然見つけたってだけだろ。なんて首元を絞められたこの状況で言えるハズもなく、ただ従う。
「あ、ちゃうんですあの!道案内してもらっとって…」
忍足謙也が携帯を握り締めながら慌ててフォローに入る。遅いよ忍足謙也!ボールがゴールするのを見てようやくコート外からゴールキーパーが走り出したくらいの遅さだよ!それと正直忘れてたよ君のこと!
「道案内?上京人狙ったんだ?へえ、上手くいったね」
キーパーが信じられない程の早さでゴールに戻りなんとかゴール措置したが…そのままオウンゴールだー!
「ごめんね、君。さ、行こっか郁」
ズリズリと襟元とスクール鞄を引っ張られる。はは、まるで犬のようだ。引きつった顔の忍足謙也が遠ざかっていく。助けろとは言わない、ただ忘れてください。そしてさらば、もう会いたくない。
◇◇◇
「謙也!」
大丈夫だろうか、と自分の道案内をしてくれた人の引きずられていく様を眺めていたところ、後ろから聞きなれた声がした。
「ん、お…白石!」
首だけそちらに向けて手を上げると、「はぁ…。」とため息をつかれた。人の顔見て溜め息とか?!
「コンビニから合宿所まで一直線やろ?なんで迷うん」
「な、慣れてへんのやからしゃーないやろ」
ムッと眉間にシワを寄せる。大体同じような自販機ばっかで目印にもならんのも悪いと思うで。
「はぁー……道案内してもろた人はどこにいったん?」
キョロキョロと辺りを探す白石に、大分小さくなった郁の背中を真っ直ぐ指差す。
「あ、なんや…帰ってもたんか」
「おん、友達さんが途中で……俺をナンパしとるって誤解して、連れてってしもた」
「ナンパ?」
「ホンマ悪いことしたわ…郁って名前しか知らんし…」
ようするに、謙也はその親切な人に更なる迷惑をかけたということらしい。…白石は、何度目かわからない溜め息を吐き出す。
「そろそろ戻るで、立海の奴等も走り込み終わって戻ってくるころや」
「あ、でもまだ」
「テーピングなら俺がさっき買った。ほら、さっさと行くで」
「お、おん…」
謙也はもう一度、郁が引きずられていった方を振り向き、白石の後ろに続いた。
091202 犬の散歩/完
121113 修正
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