どんよりとした雲。さっきまでかろうじて晴れてたというのに…梅雨はこれだから嫌なのだ。さっさと日誌を終わらせて、職員室行っていればよかった。
「……」
ザァーという音をたてて、アスファルトを跳ねる水。暗くて分厚い雲を見る限り、しばらくは止みそうにない。
「明日も学校なのに、これなんて」
昇降口に降りて周りを見回すが、「傘ないなら、一緒に入ってけよ」なんて声をかけてくれる人はいない。というか人さえいない。
ここはもう、あれだ。行くしかない。
「雨にも負けず…!」
郁は、びちゃっと水溜まりに足を突っ込んで駆け出した。
◇◇◇
雨足は止むどころか強くなっていく。車乗ってる方々を引きずり出したい。不運にも学校から家までの道には、雨が凌げる屋根は少ない。ぜぇぜぇと息を弾ませながら、テナント募集と書かれた建物の軒下へ滑り込む。既に満身創痍である。
これはテニス部も今日は早めの帰宅をしているだろう。
「…タケル…傘持ってるのかな」
そういえば、なんかいつも折り畳みを持っていた気がする。
「……」
立ち止まって、先ほど左に曲がった曲がり角に振り向く。じくっとローファーが雨を吸い込んで気持ち悪い。今さら傘があった所でどうなるんだい、といった状況だが……郁は曲がり角へ引き返すことにした。ずぶ濡れになりながら走る孤独感が、そうさせたのかもしれない。曲がり角を今度は右に曲がってしばらく同じペースで走っていると、立海の正門が見えてきた。そして見えた人影。まじですか。傘差したタケルくんだあれ…!
「タ、タケルー!」
「…え、姉ちゃん!?」
もう、どうしようこの感動!寂しかったよ!
校門前で立ち尽くすタケルに向かって、一目散に走る。
「か、かさ…傘入れて…!」
ようやくタケルの元へ駆け寄り、無理矢理に傘の柄を傾けさせる。ああ、傘ってなんて画期的な製品なのだろうか。そんな感動を胸に抱きながらタケルを見上げる。……様子がおかしい。
「…タケル?どうしたの、お腹いたい?」
「いや、え、いいの…?」
「は?」
なにこの子どうしたの。わけのわからないことを呟くタケルくん。何が?と不審に思っていると、私の耳が、アスファルトに打ちつける雨音とは違う…バシャバシャと踏み鳴らすような水音を拾った。視線は自然とそちらに移る。
「ターケル先輩〜!……って、ええ!?」
「ええ!?」
わかめ君がいた。ボサボサふにゃふにゃ頭が湿気で更にボサボサになっている。わかめ君は肩に傘を掛けて持ちながら立っている。これ誰だっけ、なんて…現実逃避してみる。
「お…おお、赤也」
そうだ、切原さんちの赤也君だ。いやわかってましたけど。
赤也は郁とタケルを忙しなく交互に見ている。
「せ、先輩の彼女、すか?」
「「…!!」」
おいおい赤也君そりゃないよ。
ていうか君前に会ったことあるよね。
「俺の姉ちゃんだよ…お前もう顔忘れたのか」
「え?…あ、ああ!すんません顔よく見えなくて、あははは!」
「……」
絶対忘れてたよね。思い出そうとして、そんながっつり見ないでくれ。今まで平常心保っていたが、だめ限界です。う、うう…赤也本物可愛いよかっこいいよ可愛いよ!
「姉ちゃん…傘は?」
「持ってたらこんなに全力で濡れてないよね」
「………そうだな…」
どうやら、タケルはこの手の勘違いに既に慣れてしまったらしい。前回のハプニングが原因だろうな。しかし私は…まだ無理だ。困った…。赤也を見ると、にへらっと笑われる。死ぬでしょこれ、死ぬでしょ。
「…姉ちゃん、帰る」
「は?」
今できる限り最高の笑顔を向けて、タケルから傘を強奪。大成功である!そしてそのまま全速力で駆け出した。
「おい待って!俺の傘だろそれええ」
なんて言葉を背中に受けながら、走る。走る。
「や、これ、無理だ。」
家の前の道に出て、息をつく。心臓が煩い。わかめ君でこの状況…これが続くならば、私は天に召すかもしれない。改めて、主要キャラの危険さを学びました。一方、ずぶ濡れの姉が来襲して傘を奪われたタケルはというと。
「なんで、なんで、なんでなんで赤也と相合い傘」
「嫌なら出て下さいよ先輩…俺だって我慢してるんすから」
赤也と相合い傘をして下校していた。
「帰ったら冷蔵庫にあるプリンを逆さに…してやる」
うわぁ、地味。と、赤也は思ったが言わなかった。二人で重い空気を肩に背負い、雨の降る通学路を歩くのだった。
090724 逆さまのプリン/完
120814 修正
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