「げほげほ、げぼ…」
「39℃か…」
珍しく、タケルが風邪をひいた。今朝起きてから喉が痛いと言い、熱を計ったところ…39℃もの熱があることが判明した。バカは風邪をひかないとはいうが、あれはバカは風邪に気づかないというの方が正しい。咳をしているタケルにいつから続いているのか聞いたところ「…うーん、3日くらい前?」と至って普通に答えた。国民の休日だというのに私が家にいるのは、そういうわけである。
「げほ、母さんは?」
「仕事だよ」
まだ呆けているタケルは「ふーん」と言いながら、ふらふらとソファーに座った。
「えっと、今何時?」
「10時すぎ」
「……10時!?」
「ぎゃあああああ!!」
いきなり立ち上がったタケルに、びっくりして叫ぶ。心臓が、心臓がお前…!
「部活、始まって…行かないと!」
郁がびっくりしている間に、タケルはパジャマを脱ぎかけながら部屋へ向かおうとする。そこで郁はタケルのパジャマを掴んだ。
「ちょ、待て、あんた風邪ひいてるんだよ!?」
「だって、げほっ…」
郁の制止も聞かずタケルは更にパジャマを脱ごうとする。慌てて体を支えれば、体に当てた手が燃えるように熱くなった。
「休め」
「ひぃ!」
タケルは郁の表情を見て青ざめた。人の顔を見て叫ぶとは失礼な。
「メールで連絡入れて」
「…はい」
一睨みすれば、ゆっくりと頷いた。写真部ならまだしも、あの立海テニス部に風邪をひいた弟を行かせるわけにはいかない。仁王立ちしながら見ていれば、「送りました」とタケルが携帯を見せてきた。うん、たしかに。
「よし、部屋で寝ろ」
「はい…」
タケルがリビングから出ていくのを見送る。うん、よくやったぞ私。そんな満足感に笑い、郁はソファーに座って雑誌を広げた。
◇◇◇
ピーンポーン
「ん?」
チャイム音が鳴ったとき、郁はお湯を沸かしていた。シューシュー鳴くヤカンの音でよく聞こえなかったが、インターホンが鳴った気がする。
火を止めてからのーんびりと玄関へ向かう。そして玄関につくと、扉の向こうからなにかが聞こえてきた。
「タケル以外、家にいない確率80%」
この声と台詞………考えすぎ?考えすぎですか私。そして家にいるよ、20%の確率みたいだけど家にいるよ私。脳内会議を開き、居留守をするのも気が引けるので扉を開けることに。前のジャッカルの様な失敗は出来ない。
「どちらさまですか?」
「!!」
扉の向こうで息を飲んだのがわかった。返事が返ってこないのはそれはそれで気まずい…早く返事が欲しいような、そうでないような。
「……タケルくんのお見舞いに来ました。同じ部活動の柳と申します」
ですよね。やっぱり君ですよね。幸村の次に絡むと辛そうな彼をどうさばくべきなのだろうか。まあ、沈黙し続けるわけにもいかないので、平常心を意識しながら扉を開ける。
「あ、ああ…はい」
ガチャリ
開いた先には、柳蓮二くんがいらっしゃいました。
「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
柳くん、威圧感が半端ないです。ただの挨拶にもかかわらず。平常心を心がけていなければ扉を閉めるところだったぞ。
「えーと、柳くん?わざわざお見舞い来てくれてありがとう」
「いえ」
目があっているのかよくわからない。どこ見て話せばいいのかなこれ。
「タケルくんの調子はどうですか」
「うーん、もう熱も下がってるし明日には良くなってる…かな」
「そうですか」
「……」
「……」
会話が終わった。もう続けられない無理さっさと帰らないかしら。気まずい空気が二人に落ちる。いや、そう感じているのは郁だけなのかもしれない。ちらりと柳を見上げると、涼しい笑顔を返された。…あやうくときめくところだった危ないだめ絶対。平常心、平常心…。
「大変ですね」
「慣れてるので、それほどは…」
「というと、タケルくんはよく風邪をひくんですか?」
「最近はひかないけれど、小さい頃から喉が弱かったから…」
「…小さい頃?」
「まあ…幼稚園の頃とか」
「なるほど…それは、お姉さんとしては心配ですね」
「私が丈夫な分ね…余計」
「…なるほど」
…ん?
「ああ、これ…来月からの練習を書いた紙です。タケルくんにお渡しください」
「あ、はい」
「タケルくんにもお大事にとお伝えください。では」
パタン、と玄関の扉が閉まった。う、うーん…会話は出来たが…なんだか、少し話しすぎたかもしれない。
090625 誘導尋問/完
120814 修正
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