01.実は夢落ちだったりしません?

本当に、わけのわからない1日だった。

駅のホームで帰りの電車を待ちながら、郁は額をさする。タケルが慌てたせいで医者に必要以上に手当てをされたそこには、大袈裟すぎるほどに大きなガーゼが。おかげで今日は母親に自転車通学を止められるし、学校で知らない子にまで「痛そう、大丈夫?どうしたの?」と声をかけられた。

いや、頭突きされて……。

と言うのもわけがわからないだろうし、ただ恥ずかしいだけなので階段から落ちたことにしたが……。本当に、わけのわからない1日だった。まあ、もうあんなこともないだろう。そもそもキャラに出会うなんてこと、早々ないのだから。

「あ……郁、さん?」
「えっ」

……早々あったー!?

そこには、つい昨日色々とお話をして爆死したお相手、幸村くんがいた。今しがた階段を降りてホームにやってきたようで、目が合うとそのまま歩み寄ってきた。……なぜ!?

「あの……頭、大丈夫ですか?」
「ん!?」
「ガーゼ、痛そうだから……」
「……あぁっ!」

びっくりした、頭ってケガのことね。
突然オツムの心配をされたかと……。

「結構腫れてるって、タケルが言ってたので気になってました。……たしか、ベンチまでタケルに声かけに来た途中だったんですよね?」
「え?あ、いや……まぁ、……」

そういう話になっているのか。たしかに、いかに気を許した同級生とは言え、姉と入れ替わっていたなんて話はできないだろう。かくいう郁も上手くなにか話すと墓穴を掘りそうなので、口ごもってしまう。

「すみません、俺が引き留めておけば」
「えぇっ!?……ぜ、全然全然!むしろワケわからないこと言ってそのままトイレに駆け出したこっちが悪いんだし!ごめんなさい!?」

思い出した恥ずかしさで、思わずワタワタと早口に捲し立てる。幸村は一瞬その勢いに目を見開き、柔らかく細めた。

「訳がわからないなんて。タケルに、……いや、郁さんにお礼を言いたいくらいですよ」
「……え?」

――……番線ホームに、電車が参ります。

「郁さん、これ……ですよね?」
「え?あ、はい」

あっという間にホームに滑り込んできた電車。誘導されるまま、開いた乗車ドアをくぐる。お礼の理由を聞きたかったが、電車が来たなら仕方ない。そろそろイケメンと話すのもつらかったし……と、背中で乗車ドアが締まるのを待って、ホームにいるであろう幸村に振り向く。しかし、そこに姿はなく。

「……あれ?幸村くん?」
「はい」
「ぅわっ!?」

閉じたドア越しにいるはずの声が真横からして、思わず大声が出た。慌てて辺りを見回し、車内の人達に軽く視線で会釈をして――郁と肩を並べて立つ、困り顔の幸村を見上げる。

「驚かせてすみません」
「い、いや。……同じ電車だったんだね」
「……ちょっと、行くところがあって。えっと、とりあえず座りましょうか」

夕方前ということもあり、帰宅ラッシュでもない車内。年配者や奥様方がポツリポツリと座るシートを横目に、幸村くんはスマートに座席へ腰を下ろした。

「ここ、よかったら」
「え、あ、はい」

言われるがまま、座る。ちょうどシートの末端にある席のおかげで、真横は手すりを間仕切る板だ。これなら、先ほど大声を出してから感じていた視線も防げる……郁は一呼吸、心臓を落ち着けるために息を吐く。

って、ちょっと待った。

「?……どうしました?」
「え?!別に!?」

真横は幸村くんじゃん!ていうか車両内の席で一二を争う大人気の席をスマートに案内するって、どういうこと!?スパダリ!?この年で!?しかも肩!……肩が当たってる!!あったかい……じゃないだろ!?え、うそ、キャラなのに生きてる!?

突然の接近イベントに息も絶え絶えな郁は、動くこともできず座り続ける。一方で幸村はそれに気づくこともなく「あの」と、話を切り出した。

「タケルに聞きました」
「な!?……なにを?かな?」
「もっと、仲間を頼った方がいいって話……復帰後の立ち回りとか、気を付けてたからびっくりしました。まさか、郁さんに気にしてもらってたなんて」
「……んん?」
「きっと、泊まりに行った時ですよね。ちょうどスタメン復帰の話が出た頃だったから、俺……色々と調子悪かったですし」
「え?……ま、まぁ」

すごい拡大解釈してもらっているようなので、とりあえず頷く。漫画読んでたから知ってたとか言えないしね!

……しかし、そうか。あのゲリラお泊まりイベントの時、私はウハウハと大慌てだったが……まさかそんなナイーブな時期だっただなんて。タケルはアホほどに底抜けにイイ奴だから、きっと試合に本格復帰した幸村くんを少しでも元気付けようとしてのことだったのだろう。

「俺、これから病院なんです」
「それって、……」

ガタン、と電車が動き出して、接していた肩同士がぶつかる。しかし、もはやそれを気にかけることはなかった。ただただ、悲しそうに笑うその横顔を見上げる。

「って言っても、経過観測ってやつで。術後の状態を定期的に看てもらってるんです」
「な、なるほど……」
「経過、すごくいいんですよ。医者に驚かれるくらいで。手術成功しても、テニスはできないだろうって……言われてたから」
「……」

「だから……心配、しないでください。身体のこと気にしてもらえて嬉しいんですが、不安には……させたくなくて」

真摯な眼差しを見つめ返し、なんだか目頭がツンとして思わず視線をそらして頷く。作中で真田と誓った復活の言葉や、悔しさをぶつける彼の描写を思い出して……いちファンとして、胸が震えた。

「それに……郁さんのおかげで、気持ちもしっかり建て直せた気がするんです」
「え?」
「仲間に迷惑かけたくなくて、俯いてた俺を……あなたの言葉が救い上げてくれたから」
「……!」

「なんて。本心なんですけど……ちょっと、寒すぎました、よね」
「ぃ、……え、えっと」
「すみません。結局俺、困らせてるな。急に語り出して」
「いや、別に……その…なんと、いうか」
「……」

……どうしようこれ!?

嬉しいやら畏れ多いやら、ムネアツやら。すっかり感情で心がグチャグチャになった郁は、その大混乱のまま……とにかくなにか言わければと、口を開く――

「こ、こっちこそ!お礼を言いたいくらいだから!そもそも、困ってないって言うか!?この間の試合も、みんなすっごい仲良しで、信頼しあってるっていうか!タケルのこと、羨ましいなって思ったりもしたし!……一生懸命がんばれるって、かっこいいなって思ったから!」

えっと、だから、

「そう!だから昨日の試合を見て、タケルがスタメン入って嬉しいなって、もっと思ったし!幸村くんが……元気なって、本当に……よかったって!だ、……だから、

……はい…………うん……」

……何を言いたいのかな、私は?

途中からひどく冷静になった郁は、勢いのままに盛大に出た恥ずかしい言葉の数々を戻したいな……と、ただそうとだけ思って口を閉じる。これ以上なにか言っても、恥の上塗りにしかならないとわかっていた。

――次は、――駅

「!……じゃ、じゃあ私次なんで!」

地獄に仏とはまさにこの事か。最寄駅で降りてこのまま今日のことは忘れてしまおう!と、勢いよく立ち上がる郁。タイミングよく、乗車ドアも開いた。

「あの!」

引き留める声も聞こえないふりをして、郁はホームへ逃げ出し階段をかけ上がる。改札の前までやってきて、息切れしたまま端の方で立ち尽くす。バクバクと激しく脈打つ心音を聞きながら、額に汗を浮かべる。

あ、焦った……なに早口オタクムーブ決めてんの私。あそこはモブらしく、「どうも」くらいで納めるとこでしょ!?キャラとガチで話すって……!おこがましすぎだし!こういうのはタケルの役で――

「っ……郁さん、!」
「!?」

思わぬ声に、振り返ってしまう。

「え、ゆきむ……だ、え、……電車」
「大事なこと、言えて、なかったので……」


「ありがとうございます。
 ……俺……必ず、勝ちますから」


儚さを感じる微笑を浮かべるが、その瞳は力強く。呆然と立ちすくむ郁を射抜いて、「それじゃあ、また」と颯爽と身を翻し……ホームへと消えたのだった。

え?なにいまの?
え?またって、何語?

混乱のままに額に手を置く。全ての元凶であるガーゼの下で腫れた患部が、ジクジクと痛み……これが夢でないことを、郁に伝えているのだった。


201021 実は夢落ちだったりしません?/完
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