06.最悪の初対面

外の暑さも入ってこない、明るく快適なコンビニ。楽園のような店内だが、棚に並ぶ商品を見て出るのはため息だった。
郁がこの店に入って既に30分程経過しているが、商品を手にとったり置いたりを繰り返している。流石にもう店員の目が痛い。いい加減この状態にも解放されたい。郁はついに商品を手に持ちレジに向かった。

店員は「悩んで悩んで買うのそれ…?」なんて感情を隠そうともせず、レジを打っている。そんな中でも郁は言わなくてはならない。あの一言を。

「スプーン、つけてください」

「は?」

この時に見た店員の顔。そしてBGMしか聞こえないほどに静まり返った店内の空気を、郁は一生忘れないだろう。

「あ、りがとうございましたー」

動揺を隠せていない店員の声を背中に聞きながら、一目散に店を出る。もうこのコンビニは来られない。それもこれも、この罰ゲーム案を出した奴が悪いのだ。まあ、私なわけだけど。まさか負けると思わず爆笑しながら罰を決めた過去の私を殴りたい。いつも以上に憂鬱そうにしている郁だが、呼び止められた気がして足を止めた。

「やっぱり、姉ちゃんだ」

聞きなれた声の先には、我が弟、タケルくんがいました。しかも、後ろには部活の人たちを引き連れているというオプションつき。さらに言えば、ラインナップは真田以外いる。

郁の表情が歯に物が挟まったような顔に歪む。これまで避けてきた状況が突然やってきたのだ。しかも罰ゲーム施行中の、このタイミングで。

「なにそれ、ドッグフード?」

タケルは郁の気も知らず、あろうことかこちらに歩いてきた。しかもコンビニ袋について指摘してきやがる。当然、それまで郁に気づかなかった他のメンバーたちも郁に反応した。

「え、タケル先輩って姉ちゃんいたんすか!?」

「あ、」

あ、じゃないだろ。なに話しかけてきてんだよ。一軒家ほどの距離があることが、唯一の救いだ。よし、群がれる前にずらかってしまおう。

「なんでドックフードにスプーン?」

引っ張られる右腕。そこに握られている中のものを覗いているのは、あのボレー様だ。興味深そうにコンビニ袋を漁っている。お菓子だとでも思ったのか。近くで見ると腹立つくらい可愛い。
本来ならば逃げるべき状況だが、トリップして初の接近に、郁の興奮は最高潮に達していた。その間にタケルも郁へ走りよっていた。そしてドックフードとスプーンを見て、口を大きく開く。

「まさか姉ちゃん食うの!?」

「食べない」

どんなに郁がお祭り騒ぎでも、これだけは否定しておかなければ沽券に関わる。

「…犬飼うの!?」

「ただの罰ゲームだよ」

ばっさりと切り捨ててやると、タケルは「だよね……」と肩を落とした。いや、寧ろ私が落ち込みたいからね。レギュラー達と「ドックフードにスプーンつけて買う」罰ゲームをやってる最中に接触するはめになったんだぞ。

他人事であれば腹を抱えて大笑いするところだが、全く残念なことに他人事ではない。隣に立つブン太が見られず、俯く。ブン太は食べ物ではないことを知って興味を失い、タケルに肩パンをした。

「じゃ、みんな待ってるし戻るぞ」

「げっ」

大きく揺れたタケルの肩越しに、待ちぼうけしている他レギュラーが見える。赤也くんが柳生に首根っこを捕まれていた。良かったブン太以外にも来ていたら果てていた。その横では柳がノートを開いて何かを書いている。何を書いているのか気になるとこだが、時間も精神力も僅かなので郁は潔く帰ることにする。無言で立ち去ろうとした郁に、またしても声がかけられる。びくりと揺れた体。ゆっくり振り向いた先ではブン太が手を振っていた。

「さよならー!」

萌えた。
幸村のこと幸村君って呼んでるギャップといい勝負だ。郁からはとても返事は返せなかったが、なんとか手を振り替えした。思わず緩みそうになる口許に手をあてて、友人が待つ学校へ急いだ。

◇◇◇

隣で歩くもじゃもじゃ頭の赤也が、ちらりと後ろを振り返る。タケルはなんとなくだが、何を言うつもりなのかわかっていた。

「先輩の姉ちゃんって…案外普通っすね」

「中身はかなりバイオレンスだけどな」

「へ、へえ」

こいつ絶対バイオレンスの意味わかってないな。特につっこむ気もないため、視線を前に戻して歩き出す。

「そういやさ、お前の姉ちゃん…どっかで見た気がすんだけど」

ブン太がガムを噛みながら首をかしげて俺を見た。どっかでって…この間のバイト事件だろうな、絶対。うん。あれだけ至近距離にいたら気づくよね……。あの事件後、殴られてできた頭のコブはしばらく腫れがひかなくて大変だった。

よくわからないが姉ちゃんは部活の奴らに会いたくないらしい。確かに俺の…ファン?とのいざこざはあったが、それにしても過敏な気がする。
そのくせ俺が部活の話すると目をギラギラさせて鼻息が荒くなる。意味がわからない、本当に。

「気のせいだろ」

「食い物絡みだったと思うんだよなぁ」

さすがだな。胃と脳が繋がってるのかこいつ。そして考え込んでいるブン太以上に気になるのは、さっきからノートに何か書いてる柳だ。

カリカリカリ…

「柳、何書いてんだ」

「あぁ、タケルはシスコンだという新しいデータを書いている」

「はあ!?」

シス、……

「シ、シスコンってなんだよ!」

「なんだそんなことも知らないのか、今後の為に教えてやるがシスコンとは…」

「それ以上気味の悪いこと言うな頼む!」

ぞわぞわと寒気が背中をかけあがり、声が震える。シスコンって、うわああああないないないない

「ふふ、面白いお姉さんだったね」

いつの間にいたのか、幸村が俺の隣にいました。ビビりました。他の種類の寒気が静かに降りてくる。もう姉ちゃんの話はやめてくれ…。

「確か、俺が電話したときに出てくれた人だよね?」

幸村は話をやめるつもりはないらしく、ニコニコしている。怖い。頷くことしか出来ない。俺が頷いたのを見て幸村はまたにこりと笑った。

「そっか」

「なんじゃ、気になるんか?」

「いや、そういうわけではないよ」

すっかり姉ちゃんの話で盛り上がってしまっている空気だ。思わずため息を吐く。でも俺は悪くない…だけどごめん姉ちゃん。幸村も気にしてないとは言うが、興味は持ってしまっただろう。俺だって幸村に姉ちゃんがいて、その人がドッグフードとか買ってたらかなり興味わくと思うし…。仕方ないことだ。

「そう期待すんなって、言っても俺の姉さんだからさ」

「それもそうだな」

「確かに」

「ああ、失念していたよ」

必死のフォローは、どうやら効果があったようだ。妙に納得した様子の皆は、明日の練習メニューについて話し始める。俺の心に一太刀の傷を残して。


?????? 最悪の初対面/完
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