7-1


折角なので、コナン君に相談してみることにした。

「コナン君、ちょっと待ってね。安室さんから着信が入ってるの」
「あっ、ごめんなさい。それじゃ、ここで電話が終わるの待ってるね」

コナン君はそれでも引き下がる気はないようで、私は小さく頷いたあと、スマホの受話アイコンをタップした。

「さくらさん、すみません。ちょっと確認していただきたいんですが、僕、腕時計を部屋に忘れていってませんか?」
「時計?……あ、確かベッドヘッドに置きっぱなしになっているのを見かけましたよ」

私が立派なダブルベッドを思い浮かべて答えると、零さんはそれじゃあ、今から取りに戻りますと言って通話を切った。そこで私は零さんのスマートウォッチを手に持って、廊下でコナン君と一緒に零さんを待つことにした。

「コナン君、お待たせしてごめんね。もうちょっとで安室さんも戻ってくるから、ここでお話ししながら待っててもいい?」
「うん、解った!こっちこそ、急に話しかけてごめんね」

コナン君は甘えた声でそう言うと、私の隣に並んで部屋の扉に背中を預けた。

「でも、ちょうどよかったわ。私もあなたに相談したいことがあったの」
「え?さくらさんが、僕に?」
「ええ。昨日の夜のことなんだけど、ちょっと気になる手紙を受け取ったのよ」
「……偶然だね。僕がさくらさんに訊きたかったのも、その手紙についてなんだ」

お互いの思惑が一致していたことを知って、私はコナン君と顔を見合わせた。この子がこんなに気に掛けているということは、やはり何か重要な意味がこの手紙には隠されているのだろうか。

「さくらさん、その手紙、僕にも見せて!」
「ええ。これがその実物よ」

急かされるまま手に持っていた封筒を渡すと、彼は人目も憚らずにそれを開封し、中の便箋を確認し始めた。

「やっぱり、僕がさっき昴さんに訊かれた手紙の内容と同じだ」
「えっ?沖矢さんが?」
「うん。昨日、昴さんもこれと同じ手紙を部屋で受け取ったんだって」
「……本当に?この手紙を受け取ったのは、本当に私1人じゃなかったのね?」

変な話、私以外にもこの手紙を受け取った人間がいると知って、私は多少ほっとしていた。私だけが特別に目を付けられた訳ではなかったのだ。
そのまましばらくコナン君と2人して真っ白な便箋と睨めっこしていると、

「まったく。昨日の晩から様子が可笑しいと思っていましたが、やっぱりあなたもその手紙を受け取っていましたか」
「安室さん!」

静かな足音を響かせて、零さんがエレベーターホールの方向からこちらに歩み寄ってきた。

「ど、どうしてあなたがこの手紙のことを?」
「さっき2階のバルコニーに行った時、事情聴取を受けていた沖矢さんにばったり出くわしたんですよ。そこで訊かれました。“次の犠牲者はお前だ”といった内容の手紙を受け取らなかったか、とね」

(もう、沖矢さんってば間が悪いわ……)

私はこの場にいない沖矢さんの頬を引っ張ってやりたくなった。心配性なこの人には、手紙のことはなるべく伏せておきたかったのに。

「そんな手紙が届いていたなんて、僕は初耳ですよ。さくらさん」

零さんは私の前まで来ると、腰を折って私の顔を至近距離で覗き込み、怒ったように目を眇めた。

「ご、ごめんなさい。あなたに余計な心配事を背負わせたくなくて」
「あなたのそういう奥ゆかしい所は美点ですが、同時に欠点でもありますね。今回のこれは単なる虚仮威しの役割でしかなかったようですが、もし本当にあなたに危害を加えられていたら、僕は悔やんでも悔やみきれませんでしたよ」
「うう、ごめんなさい……。次からはきちんと相談します」

整った顔で迫られると必要以上に迫力を感じてしまう。それでも彼が心底私の事を心配してくれているのだということが解っていたから、私は大人しく謝った。零さんはそれを見て気が済んだのか、ポン、と頭に優しく手を置いて体を起こした。

「それじゃ、僕は時計を取ったらまた現場に戻ります。沖矢さんと横溝警部と、もう少しじっくり話しておきたいことがありますから」
「あっ、時計だったらここにあります。どうぞ、推理の役に立てて下さい」

私がすかさず零さんのスマートウォッチを差し出すと、彼はありがとう、と笑ってそれを受け取った。颯爽と去っていく背中を見送ると、コナン君は私の手を引いた。

「んじゃ、さくらさん。その手紙について検証したいことがあるから、協力してもらってもいいかなあ?」
「ええ、もちろんよ。私は何をすればいいのかしら?」
「そうだね、まずは僕の部屋に来てくれる?」

コナン君はここでぐっと眉間に皺を寄せ、私の手を握る指に力を込めた。

「もしかしたら、この事件はただ犯人を逮捕しておしまい、って訳じゃないのかも知れないんだ」

そんな彼の真面目な考察を肯定するかのように、私の手に持っていた手紙がカサリと耳障りな音を立てた。

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