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私はドアの外に一旦顔を出して、コナン君にスマホを見せた。着信の相手が誰なのかを見て取ったコナン君は、すぐに「あっ、ごめんなさい、後ででいいから!」と言って子供たちのいる401号室へと向かった。それを見届けてから、私は開けようとしていた扉をもう一度閉めた。

「はい、もしもし」
「さくらさん、安室です。すみません、ちょっと確認していただきたいんですが」
「確認ですか?ええ、何なりと」
「僕、腕時計を部屋に忘れていってませんか?」

と問われて、私はサンダルを脱いでベッドルームに舞い戻った。彼はいつも腕時計を外した後は、ベッドヘッドにそれを置いていたからだ。

「ありましたよ。下までお持ちしましょうか?」
「ああ、いえ。それなら僕も一旦部屋に戻ります」

あなたに確認したいこともありますし、と言って零さんは通話を切った。確認したいこととは一体何だろう、と私は首を捻りながら、彼のスマートウォッチを手に持ってリビングルームのドアを開けた。
置き去りにしたままになっていたコーヒーを淹れなおしていると、零さんが戻ってくる音が部屋の入り口から聴こえた。

「お帰りなさい、零さん」
「ただいま、さくら」
「コーヒー淹れましょうか?……ああ、よそで出されたものは口にしないんだったかしら」
「この部屋の飲み物に問題はないと解ってはいるんだが、一応今は仕事中だからな。気持ちだけ受け取っておくよ」

ありがとう、と微笑みながら私の頭を撫でて、零さんはふかふかのソファに腰を沈めた。

「はい、あなたの時計。それで、何か目ぼしい情報は手に入ったの?」
「ああ。だが僕の推理の裏付けを得るために、君にも話を聴く必要がありそうだ」
「私に?」

私がぱちぱちと目を瞬かせると、零さんは私の首許に手を伸ばし、ヘッドホンのスピーカーをオンにした。小さなクリック音が響き、落ち着いた男の声が聴こえてくる。

「ハイ、降谷さん」
「おはよう、ギルバート。話は聴いていたかと思うが」
「ええ、全て聴いていました。推理の裏付けをしたいということは、あなたはこの事件がまだ解決したわけではないとお考えなのですね?」

ギルバートは零さんの思考回路を全て見通しているかのような物言いをした。それを受けて、零さんは不敵に口角を上げてみせた。

「その通りだ。まずは僕がそう考える根拠を、順を追って話そうと思う」

その言葉を聴いて、私は思わず姿勢を正した。彼がこのホテルに来た時から密かに調べを進めていた事件について、とうとう私にも教えてくれる気になったのだ。

「実は、僕がこのホテルのパーティーに出席しようと思ったのは、君のエスコートをすること以外にも目的があったからなんだ」

そう前置きをして、零さんは自分がこのホテルで何をしようとしていたのか、詳しく話してくれた。
曰く、地引睦夫の経営する地引グループは組織的詐欺の容疑を掛けられており、神奈川県警の刑事部捜査二課が捜査に着手していたのだという。

「神奈川県警の刑事部捜査二課?警視庁でも、公安部でもなくて?」
「警視庁も公安部も追々絡んでくるんだが、発端になったのはホテルの会員権をめぐる詐欺事件だ。引退した元社長などの金持ちの高齢者を主なターゲットとして、地引グループが経営するホテルの会員権を、1件につき数千万円から数億円で購入させていたらしい」

ホテルが開業したら数年で元金を返還する、無料宿泊サービスを受けられるという触れ込みだったのだが、ホテルが一向に開業しないという訴えが多発し、3か月前から捜査二課が調査に乗り出したのだという。その結果、被害総額は200億にのぼる見込みであることが判明し、おまけにそのバックには関東一帯で勢力を広げている経済ヤクザが付いていることが解った。そこで捜査二課のみならず、組織犯罪対策部と合同で捜査本部を構えることになったのだ。

「そのヤクザが引き起こした殺傷事件の遺体が東京湾に辿り着き、警視庁の科捜研に持ち込まれた。この時から、警視庁もこの事件に関わるようになったんだ」
「なるほど。確か、事件が最初に発覚した場所を管轄する所轄署が、その事件を担当するんだったわね。だからその遺体に関しては、警視庁が管轄するようになったと」

私がふんふん、としたり顔で頷くと、零さんはそういうことだ、と言って私の方に身を乗り出した。

「公安部が絡むようになったのは、その経済ヤクザが他国のハッカー集団と昵懇の間柄らしいということが解ってからだ。そのハッカー集団に関しては警察庁警備局が全国の公安警察に情報関心を示していた経緯があって、それで警視庁公安部の部下から僕に情報が上がってきた」
「部下ってあの、風見刑事?」
「いや、今回情報を僕に寄越してきたのは風見の後輩にあたる男だ。君も会ったことがあるはずだよ」
「えっ、本当に?あなたの部下って風見さん以外、あんまり印象に残ってないわ」

私が正直にそう言うと、零さんはお腹を抱えて大笑いをした。

「あれはそういう男だからな。他人の印象に残らない顔立ちをしているんだ」
「ふぅん……。今度会うことがあれば、注目しておくわ」
「ああ、頑張って覚えてやってくれ。……とまあ、そういう訳で、僕はこのホテルの支配人のことを事前に知ってたんだ。そこに、園子さんがあの招待状を持ってきた。その招待状に彼の名前があったから、僕はこうしてこのパーティーに出席することに決めたんだ」

零さんがこのホテルに来てから何かを探っていたり、地引睦夫の周囲の人間のことを詳しく知っている様子だったりしたのは、そういう理由があってのことだったのだ。私は深く納得して顎を引いた。

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