未知との再会


※空木かける様のWeb漫画“ミイラの飼い方”とのコラボです。掌サイズのミイラのミーくんとその仲間たちが登場しています。



前回のあらすじ。
僕の恋人の部屋に、前触れもなく大きな棺桶が現れました。

中に入っていたのはハムスターくらいのサイズの小さなミイラで、彼の言葉を僕たちは理解することは出来ませんでしたが(何せ彼の話す言葉は全て「わんっ!」である)、僕たちは確かな友情を築いていきました。
しかし、彼は身の丈に合わないサイズの棺桶とともに、突如姿を消しました。可愛い生き物が大好きなさくらは当然心配しましたが、僕はこれっぽっちも心配していませんでした。きっと彼は愛する飼い主のもとに戻り、幸せに過ごしているのだろうと、根拠もなく信じていたのです。

きっといつか、再び会える日が来るだろう。もう一度会えたその時は、前以上に可愛がってやればいい。僕はそう言ってさくらを宥め、説得してきました。

そして今日、ついにその時がやってきました。
さくらの部屋に、再びあの禍々しい棺桶が姿を現したのです。

「……で、今度はミーくんだけじゃなく、この小鬼やドラゴンも一緒にやってきたという訳か」
「ええ、そうなの。この前、ミーくんだけに会った時はちっちゃい子しかいないのかと思ってたけど、いさおやムクムクみたいにいくらか身体の大きな子もいるのね」

さくらはそう言って、ほくほくした表情でオレンジ色の肌をしたドラゴンを抱き締めた。さくらの腕の中のドラゴンは心地よさそうに目を細め、彼女の柔らかい髪に体を擦り付けて喜んだ。
そう、今回さくらの実家に現れた棺に入っていたのは、ミイラのミーくんだけではなかった。数人(匹?)の仲間たちも一緒だったのである。

赤い肌をした掌サイズの小さな鬼、コニー。
オレンジ色の肌と緑がかった小さな翼を持った小ぶりなドラゴン、いさお。
パンダのようなまだら模様と無気力そうな目がチャームポイントのバク、ムクムク。
木彫りの像にとり憑いた付喪神、アーやん。

彼らの名前が解ったのは、この中では唯一人語を話せるアーやんがそれぞれの名前を教えてくれたおかげである。アヌビス神のような厳粛な見た目をしている割に、彼の口調はとてもフランクだった。
ドラゴンやミイラのような、現実には存在しないと思っていた生き物の存在をこうも抵抗なく受け入れているという事実に、突っ込みを入れてくれる人間は誰も居ない。というよりも、僕もさくらもギルバートも、最早その点について考えることを放棄していた。

こんなに可愛い子たちが、作品の垣根を超えて僕たちのもとに遊びに来てくれたんだ。もうそれでいいじゃないか。
可愛いは正義。
と、僕は肩に乗ったコニーに髪の毛を引っ張られながら心の中でそう唱えていた。

「いさお、このお皿をそっちに運んでもらえる?……上手よ、ありがとう」
「む!何やら甘い匂いがするな!」
「アーやん、大正解よ。ほら、ムクムクもこっちにいらっしゃい。おやつにしましょう」

さくらはその手にフルーツタルトが載ったトレーを持ち、キッチンからリビングへやってきた。彼女の言葉にミーくんたちは一斉に瞳を輝かせ、わあっとテーブルの上に飛び乗った。
思い思いにデザートに取りつく彼らを見て、さくらはふふふ、と小さく笑った。

「こうして仲間たちと一緒に居る所を見ると、ミーくんは大人しいタイプだったのね」
「確かに。前回のミーくんはギルバートに梨を食べさせようとしたり、ギルバートの顔を探そうとしたりしていたからな」

しかしそんな悪戯(?)も、コニーのわんぱくっぷりに比べればまだまだ可愛い部類だったのだろう。ミーくんはせっせとタルトの上に載った果物だけを器用に外し、無心になって食べているが、コニーは果物の消えたタルトの残りをものすごい勢いで食い散らかしている。あの小さな体のどこにそんな量が入るのかと疑ってしまいそうになるが、彼は自分の体の3倍もの大きさのあるタルトを軽々と食べきって、げぷっと大きな声を漏らした。

「ムクムクは甘いものは苦手だったかしら?甘くない果物の方がいい?」

さくらはじっとしたまま動かないムクムクの傍に寄っていった。柿を一切れフォークに刺し、その口元へと持って行く。

「はい、あーん」
「…………」
「やっぱりだめかしら……。そもそもバクって、人間の悪夢以外の物を食べられないのかも知れないわね」

ムクムクのつれない態度に、さくらはしゅんと肩を落とした。彼女は基本的に、どんな動物や人間ともすぐに仲良くなれるのだが、不思議生命体が相手となると勝手が違うのかも知れない。
そんなさくらに陽気な声を掛けたのはアーやんだった。

「バクは警戒心が強くて単独行動を好む種族なのだ。さくらが気に入らない訳ではないから気に病むな!」
「そうなの?」
「うむ。それに、悪夢以外の物を食べると体が無限に膨張してしまうらしい。あの棺桶に体が入らなくなってしまっては困るだろう?だから何も食べないのだ」

アーやんの説明に、さくらはなるほど、と頷いてフォークに刺した柿を引っ込めた。無理強いしてごめんね、と言いつつムクムクの頭を撫でようと手を伸ばすと、バクは嫌がることなく大人しくさくらの手を受け入れた。
その時、僕たちの背後のソファから短い悲鳴が聴こえてきた。

「ちょっ、コニー、待ってください」
「ギルバート?」
「痛い、いや痛くはありませんが、そんなにゲシゲシ蹴らないでください」

慌てたような声に驚いて振り返ると、そこにはギルバートのヘッドホンに向かって様々な足技を仕掛けるコニーの姿があった。お、今のはナイスミドルキック。
などとのほほんと眺める僕とは対照的に、さくらは真っ青になってコニーを止めに入った。

「だめよコニー、ギルバートの体は精密機械なんだから。壊れたら修理するのも大変なのよ」
「?」
「つまり、このヘッドホンは乱暴に扱ったらだめ!ってこと。解った?」

さくらは小鬼に向かって頬を膨らませ、わざとらしく怒った顔をしてみせた。確かに彼女の言う通り、ギルバートのヘッドホンはこの世に2つとない世界最高峰の技術の粋である。おそらく部品は全てオーダーメイドなのだろうし、まして今コニーが華麗なローキックを食らわせたのは、サブではなくマスターのヘッドホンだ。弁償代は気の遠くなるような金額になるだろう。

さくらのお叱りを受けても、コニーは一切表情を変えなかった。しかしその背中は心なしか力をなくしており、哀愁を漂わせているようにも見えた。
やがて彼はさくらの手から大きく跳躍し、テーブルを飛び越えてベランダへと逃走した。さくらはあっ、と小さく声を上げて、目を丸くしながらその後を追った。ベランダから外に堕ちたら大変だと思ったのだろう。

「コニー、待って。そんなに怒ってないから戻って来て」

慌ててベランダに身を乗り出した彼女は、しかしそこで予想外の物を見てしまったかのように固まった。

「さくら?」

一体どうしたんだろうか、と思って僕もその背後に続くと、ベランダに並べて置いていたプランターからブチッブチッと何かを引きちぎるような音が聴こえてきた。僕がベランダで育てている植物と言えばセロリであるが、この時期になると茎の中に“す”が入ってくるので、食用として収穫はしていなかった。
まさかそのセロリをむしっているんじゃないだろうな、と思って僕もさくらの背後からベランダに身を乗り出すと、コニーはその手に小さな白い花をブーケのように抱えて、得意げにさくらの前に突き出した。

それは紛れもなく、僕が大事に育ててきたセロリの花に間違いなかった。

「……コニー、このお花、私にくれるの?」

さくらは僕の顔色を窺いながら、恐る恐る小さなブーケを受け取った。こくっと大きな頭が縦に振られる。

「ひょっとして、お詫びのつもり?」

こくこく。

「ギルバートに悪戯をしたお詫びで、セロリの花束を私にくれるってこと?」

こくこくこくこく。

「……そのために、零さんが大切にしているセロリの花を、豪快にむしっちゃったの?」
「…………」

ここでコニーは束の間押し黙って、ちらりと僕の顔を見上げた。その顔には「あれ?俺また何かやっちゃいました?」と言わんばかりの戸惑いが浮かんでいて、僕はにっこり笑ってその疑問を肯定してやった。

「さあコニー、僕に対して何か申し開きがあるなら聴いてやるが?」

僕の静かな怒りのオーラを感じたのか、コニーは若干気まずそうにぱちくりと目を瞬かせると、
グッ!
と、さくらに向かって親指を立ててみせた。いわゆるサムズアップである。

「グッ!じゃないだろう、グッ!じゃ」

完全に開き直ったその態度に、僕も呆れ顔を作って詰め寄ったが、コニーはさくらの肩に飛び乗って素知らぬふりを決め込んだ。さくらはそんな僕たちを見て、子供の喧嘩を宥めるように苦笑した。

「まあまあ零さん、コニーもきっと悪気があった訳じゃないんでしょうし、それ以上怒らないであげて」

セロリのお花が綺麗だったから、つい摘んでみたくなったのよね。と言ってさくらは彼の頭をよしよしと撫でた。僕は釈然としない気持ちを持て余しつつも、さくらに免じてコニーの狼藉は不問にすることにした。

「コニーの飼い主には同情するよ。このわんぱくっぷりじゃ、きっと普段から僕ら以上に手を焼いているんだろうな」
「でもきっと、コニーも含めてこの子たち全員、普段から飼い主さんに大事にされているのね。私たちが与える愛情をまっすぐに受け取ってくれる子たちばっかりだもの」

次にミーくんたちに会える時は、飼い主さんたちにも会えたらいいわね、とさくらは願望とも予測ともつかないことを言った。僕とアーやんがそれに同調して頷くと、僕らの言葉を解したわけではないのだろうが、ミーくんやコニー、いさおやムクムクの表情もぱっと明るくなった。

彼らの飼い主である少年たちに会える日は、きっとそう遠くはない。そんな予感を抱きつつ、僕はさくらの作ってくれたフルーツタルトを口いっぱいに頬張った。