Wild Police Storyによる夢想


共に飲もう。過ぎた日を偲んで。
これまで散々やんちゃしてきた俺たちだけど、決して悪くはない日々だったよな。
教官は名前通り鬼のように厳しかったし、訓練は地獄みたいに苦しかったけど、それも今じゃいい思い出だよな。
それもこれも、お前たちと一緒だったからこそ得られた思い出だ。
お前に乾杯。
俺たちに乾杯。
願わくば、明日もこうして盃を交わせますように。

「……って、何だよこのしんみりムード。何も明日討ち死にするってんでもないのにさぁ」

グラスをカチンと合わせて項垂れる僕たちに向かって、萩原が場の空気を混ぜ返すように大声を上げる。警察学校に入学した者は強制的に寮に入れられ、外の世界との関りを強制的に絶たれることになるのだが、男子寮と女子寮をつなぐ共有スペースには今日も人影が多く残っていた。
萩原の頭を隣でパシンと叩いたのは、爪楊枝を口にくわえた伊達だった。

「うるせーよ。お前は言い出しっぺだから何も怖くねえんだろうが、俺たちにとっちゃ免職の危機なんだよ」
「ええー、そんな大袈裟に考えなくてもいいんじゃね?鬼塚教官だって、俺らがいかに有能な教え子かってことは解ってるだろうしさぁ」
「ああ、だろうな。有能で、同時にとんでもない問題児だってことは、あの人が1番よーく知ってるだろうよ。ったく、何でこう次から次へと、頭が痛くなるような提案ばっかりしてくるんだお前は……」

言葉通り頭痛をこらえるように額を押さえた伊達の肩を、松田が慰めるようにぽんと叩いた。

「伊達、こいつには何を言っても無駄だぜ。言い出したら聴かねえのは筋金入りだからな」
「とか何とか言って、陣平ちゃんが1番ノリノリのくせにー」
「……ふん」

松田は萩原の言葉に小さく鼻を鳴らした。気のない素振りを見せてはいるが、内心かなりテンションが上がっているのが紅潮した頬から見て取れる。
翻ってテンションが駄々下がりしているのが、僕の両隣の席で机に突っ伏している2人だった。すなわち僕の幼馴染のヒロこと景光と、僕たち問題児グループ(僕にとってはこんな不名誉な呼び名で一緒くたに扱われるのは甚だ遺憾である)の中の紅一点、のぞみである。

「長野にいる兄さんが何て言うか……。オレのせいで、兄さんまで始末書を書かされたりしたら最悪だ……」
「萩原がいいこと思いついた!って言った時から嫌な予感はしてたけど、これで本当に免職になったらどうしよー……。せっかく今まで優等生として頑張ってきたのにぃ」

それぞれ理由は違うものの、2人は萩原の提案に最初から否定的な態度を取っていた。しかし萩原の舌先に丸め込まれて、しぶしぶ協力することになってしまったのである。

萩原の提案というのは、僕たち6人でゲリラ部隊を装って教場を襲撃し、警察学校を占拠しようというものだった。そんな物騒な話になったのには、一応ちゃんとした理由がある。
そもそもの発端は、風呂上がりの談話スペースでの雑談だった。いつもの6人で集まって、警察学校の講義の復習や日本警察の警備体制について話し込んでいるうちに、「そういやこの学校って、テロ組織に乗り込まれたらどうやって立ち向かうんだろうな?」という話になったのである。僕が学校側、松田が襲撃側という設定で議論をしているうちにいつの間にか白熱し、初めは傍観していた伊達や景光、のぞみも巻き込んでディスカッションをしていると、不意に萩原が「だったら実戦で試してみればいいんじゃね?」と宣ったのだ。

普段から警察嫌いを公言して憚らない松田が真っ先に乗っかり、伊達も何だかんだ楽しそうだから乗ったと言い、断固反対を訴えたのぞみと消極的な姿勢を見せる景光を萩原が口八丁手八丁で篭絡したことで、無謀とも言える僕らの計画は、あれよあれよと言う間に実行されることとなった。
行動を起こすのは明日の朝。すなわち今日の集会は、革命前夜の決起集会だったという訳である。

肩を落として泣き真似をするのぞみの頭を、萩原はニヤニヤと笑いながらぽんと撫でた。

「いやー、今更だろ。のぞみが優等生なんて、教官誰も思ってないって」
「うんうん」
「俺たちとつるんでる時点で、お前も漏れなく目を付けられてるからな」
「えっ、何それ。私、こんなに真面目に訓練に励んでるのに、あんたたちと一緒にいるせいで出世は望めないってこと?」
「そういうことだな。史上初の女性警視総監なんて、夢のまた夢ってこった」

わはは、と伊達が豪快に笑い飛ばす。のぞみはむう、とむくれながら萩原の手の甲を軽く抓った。痛い痛い、と大袈裟な声を上げながら、萩原が手を引っ込める。

「でも、ちょっと意外だったな。松田はともかく、降谷がこんな企みに乗っかるなんて」

のぞみは口のうまい萩原が相手だと分が悪いと判断したのか、ここまで沈黙を貫いてきた僕に水を向けてきた。大きな瞳に天井の照明が映り込んで、きらりと瞬く。

「降谷って、頑固なくらい真面目っていうか、融通が利かないとこあるじゃん。だから私や諸伏よりも真っ先に反対するかと思ってた」
「悪かったな。頑固で融通が利かない、器の小さい男で」
「あ、ごめん悪口のつもりはなかったんだ。3割くらい」
「7割は悪口のつもりだったんじゃないか」

軽口を叩き合う僕らを、萩原と松田が含みのある笑顔で見つめてくる。それにいちいち反応していては彼らの思うツボだ、と自分に言い聞かせながら、僕は背もたれに体重を預けた。

「別に、もろ手を挙げて賛成したわけじゃない。警察学校に入校して3か月、僕ら学生の間にも中弛みのような空気が漂っているだろう?それを引き締めるには、ちょうどいい機会じゃないかと思ったんだ。この3か月で学んだことが、実戦でどれだけ活きるのかを知っておくのも悪くないしな」

僕はグラスに入った水をぐいと呷った。寮内では、喫煙はもちろん飲酒も禁止されている。だから先ほど乾杯のグラスに入っていたのも、無色透明な酒ではなく水だった。

「それに、僕ら6人が力を合わせれば、この学校なんて簡単に制圧できる。……だろ?」

僕がそう言ってにやりと笑うと、萩原や松田、伊達の顔にも不敵な笑みが浮かんだ。どんよりと沈んでいたはずの景光とのぞみの目にも、まんざらでもない色が浮かんでいる。口では嫌だ困ると言ってはいるが、彼らの心の中にも隠し切れないプライドと、未知の体験への期待感が燻っているのだ。

「大丈夫だ。僕らがなぜこんなことを計画したのか、学生たちにこの計画から何を学んでほしいのかを説明すれば、きっと教官たちも解ってくれるさ」
「ゼロ……」
「降谷……」
「それに、例え教官の逆鱗に触れたとしても、あまり悲観することはない」

僕はにっこりと笑って、空になったグラスをテーブルの上に戻した。カン、と小気味いい音が鳴る。

「教官たちの弱みなら、いくらでもネタはあるからな。あまりに厳しい罰を課されるようなら、こちらにも考えがあると言ってやればいい」
「黒っ!降谷、真面目な優等生に見せかけてめっちゃ黒い!」
「その発言はやばいぞ、ゼロ。少年誌に掲載できないレベルの悪人発言だぞ」
「何を今更。警察官僚として働くなら、こういう政治力も必要なんだと教えてくれたのは、他ならぬ教官たちじゃないか」

いっそ清々しいほどの真っ黒発言に、さすがの景光もドン引きしたように口元を引き攣らせた。が、それもすぐに呆れたような苦笑に変わる。

「まったく、ゼロは頼もしいな。それならオレも協力するよ。最近弛んでる連中に、一発喝を入れてやればいいんだろ?」
「本当に、降谷の弁論術には敵わないなあ。しょうがないから、私も協力してあげる」
「ありがとう。2人が味方になってくれるなら、こんなに心強いことはないよ」

両隣の2人と固く握手を交わす僕を見て、萩原はええー、と不服そうな声を上げた。

「何か諸伏ものぞみも、降谷が相手だと態度全然違うじゃん。俺が同じこと提案した時は、“うわっ、粗大ごみが喋った!”みたいな顔されたのに」
「日頃の行いの報いだろ」
「いやいや、そんなに軽蔑されるようなことしてねえって。特に景光に対しては」
「のぞみに対しては何かやったんじゃねえか」
「そりゃあ、最初のころは口説こうとしてた時期もあったけどよ。……あいつが怖いからやめたんだよ」
「ああ、そりゃあ相手が悪かったな」

何やらごちゃごちゃと物を言っている萩原たちを視線だけで黙らせて、僕はミネラルウォーターのボトルを傾けてグラスの中に透明な液体を注いだ。

「それじゃ、明日は各々、全力を尽くして頑張ろう。警察学校の未来のために」
「警察学校の未来なんざどうでもいいけど、教官たちが無様にひっくり返る所は見てみてえな」
「こらこら、陣平ちゃん、そういうことはもうちょっとオブラートに包んで発言しような」
「ま、何にせよ、明日は俺らの3か月間の集大成ってことだ」
「こんな集大成を迎えたくなかったよぅ……。まあ、やるからには楽しまなきゃ損だよね」
「のぞみは逞しいな。オレも、ここで怯んでちゃ長野の兄さんに顔向けできない」

それぞれが好き勝手なことを言いつつも、僕たちの掲げる目標は同じものだった。不揃いなように見せかけてチームワークばっちりな仲間たちを見渡して、僕は再度グラスを掲げた。

「僕たちの決意が、この先の良き教訓になることを祈って。乾杯」
「乾杯!」
「かんぱーい」

僕たちは一斉に手に持ったグラスをぶつけ合った。中に入っていた水が波打って、それぞれの手を濡らしても、笑い声は大きくなるばかりで一向に絶えることはなかった。





共に飲もう。過ぎた日を偲んで。

「お前に乾杯……」

俺たちに乾杯。
僕はそう言って静かにお冷の入ったグラスを掲げた。

応える声は、ない。

「……なんて、な」

梓さんもお客の姿もない1人きりの店内で、西日を浴びてオレンジに染まる空っぽの椅子とテーブルを見つめながら、僕はぬるくなったお冷のグラスをトレーに載せた。6人分のパスタ皿を重ね、フォークをまとめてその上に置く。

こんなに感傷的な気分になるのは、昨日見た桜のせいだと思った。
気心の知れた仲間と過ごした、半年間の幸せな記憶。
散々やんちゃなことばかりして、嫌になるほど教官に怒られてきた半年間だったが、この時ほどこっぴどく叱られたことはなかった。言い出しっぺの萩原は勿論、賛同した僕たちも、止めようとした景光やのぞみも、全員が連帯責任としてグラウンド30周のランニングと100回の腕立て伏せを言い渡されたのだ。のぞみは「だからやめようって言ったのに」とぷりぷり怒っていたが、ランニングが終わったあとで冷たいスポーツドリンクを奢ってやると、満面の笑みでそれを受け取っていた。

今はもう、記憶の中でしか見ることのできない笑顔である。

(こんなことになるんなら、あの時もっと素直になっておくんだった)

教官たちに問題児グループとして扱われているうちに、自然とつるむようになった僕たち6人組。彼女はその中の紅一点だった。だが、紅一点とは言っても、のぞみは自分の性別を言い訳にしようとはしなかった。男たちに体格や基礎体力で負けていようとも、決して侮られまいと人の何倍も努力して、僕たちの隣に立ち続けようと必死に足掻いていたのだ。

そんなひたむきな努力を重ねて、僕たちと共に居ようとしてくれた彼女のことを、僕は、
僕は誰よりも、

「―――」

音に乗せずに紡いだ告白は誰の耳に入ることもなく、グラスに入った水の表面を小さく揺らしただけだった。