Dear. ハル様

※(if)赤井秀一√、第四章06話。お互いの気持ちを察しつつ、まだ付き合ってはいない。
※とても短い



バーボンを勢いよく煽ると、本田さくらは重苦しい空気を振り払うように明るい声を上げた。

「そういえば、赤井さん。私たちの仲が噂になっているんですって」
「私たちというのは、もしや俺と君のことか?」
「ええ、そうです。こないだポアロに行った時、蘭ちゃんと園子ちゃんに訊かれたんですよ。さくらさんって、沖矢さんと付き合ってるんですかって」
「ほぉー……。それで、君は何と答えたんだ?」
「当然、付き合ってないわよって正直に答えました。あの人もポアロの店内に居ましたし」

あの人というのは勿論、ポアロでアルバイトをしている安室透、もとい彼女が協力者として力を貸している公安警察の降谷零のことである。彼は“沖矢昴”の正体がこの俺であることを半ば確信しているようだった。であれば、俺と自分の協力者が懇意にしているなんてことを知ったら烈火のごとく怒り狂うだろう。だから彼女は、俺と付き合っているのかという問いを否定してみせたのだ。

もしもその場に彼が居なければ、彼女は何と答えたのだろう―――とは、考えるだけ無駄な仮定だった。

「だけど、蘭ちゃんはともかく園子ちゃんにはなかなか納得してもらえなくて。女子高生のパワーに圧されて、参っちゃいました」
「それはご苦労だったな。そうやって囃し立てることが楽しいお年頃なんだろう」

俺が笑ってバーボンのグラスを傾けると、彼女はほんのりと目尻を赤く染めて上目遣いに俺を見つめてきた。こんなに無防備な表情を見たのは初めてで、不覚にも胸がどきりと高鳴る。

ああ、やはり酔っている。俺も彼女も、バーボンに当てられてこの場の空気に酔っているのだろうと思った。いつもだったら、こんなにも簡単に女の仕草に動揺する事などなかったのに。

「……何だ。言いたいことがあるなら早く言えばいい」

ぶっきらぼうに続きを促した俺の態度に、彼女は口許に手を添えて、くすりと声を立てて笑った。何かを企んでいる時に、こうして思わせぶりに笑ってみせるのは彼女の癖だった。最初はその気がなくても、ついついその笑顔に惹かれて彼女の言葉に耳を傾けてしまう。
やがて彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、揶揄うような口ぶりで続けた。

「でも、もっと曖昧にぼかしておけばよかったなって、ちょっと後悔しているんです」
「ほぉー……、その心は?」
「だって、曖昧なままの方が面白いでしょう?あなたとそんな噂になるなんて、私にとっては光栄なことだもの」

あなたがこの噂をどう思っているかは知りませんけど、と言って彼女はころころと笑った。
彼女の言葉に他意はなかったのだろう。だが、それは的確に俺の中の何かを煽った。

俺はバーボンの入ったグラスをテーブルに置き、真っ直ぐに彼女を見つめた。

「君は、噂通りになっても構わないか?」

瞬く間に2人の間に緊迫した空気が流れた。
彼女は自分が2人のどちらつかずの関係に、結論を迫るようなことを口走ってしまったことに初めて気付いたようだった。気付いた途端、白い頬に朱が走る。

「あ……っ」

思わず体を引いたのは、彼女の本能がこれから起こるかも知れないことに怯えたからだろう。だが、俺もまた男の本能ですぐにその腕を捕えた。
強引に抱き寄せて、小さな頭を自分の胸に埋めさせる。体が密着しなければわからなかった彼女の匂いが、鼻を擽る。それは、すっと鼻に抜けていくのにどこか甘ったるさを纏った、紛れもない女の匂いだった。

その匂いを嗅ぐうちに、俺は頭のどこかがぼうっと痺れるような感覚に襲われた。背筋を走った官能に突き動かされるまま、女性らしい曲線を描く背中を腰に向けて撫で下ろす。

「さくら……」
「……ゃっ、」

嫌、と喉を震わせながら呟いて、彼女はどれほどの役にも立たない華奢な腕で俺の胸板を押しやる素振りを見せた。俺は大人しく彼女の体を解放した。彼女は自分の体を自分の腕で抱きながら、怯えた目で俺を見る。

「俺は、無理強いはしない」

彼女の乱れた髪を整えてやりながら、俺は口端を吊り上げた。

「抱く時は、心ごと抱くさ」

その言葉に大きく瞳を揺らした彼女は、まるで男を知らない初心な少女のように見えた。


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