Dear. ペン太様

※空木かける様のWeb漫画“ミイラの飼い方”とのコラボです。掌サイズのミイラのミーくんが登場しています。



“それ”は何の前触れもなく、私の実家の部屋に現れた。

「……ギルバート」
「はい、さくら」
「これは一体何かしら?」
「私のカメラが捉えた映像とスキャン画像では、西洋式の大きな棺桶のようですね。爆弾や監視カメラ、GPSと言った物は仕込まれていませんよ。……と言うか」

こんな会話をつい先日にもしましたね、と言ってギルバートはぎこちなく笑った。

「確かにそうね。あの時は“安室透”のぬいぐるみだったけど、今回は何かしら?」
「今度は赤井秀一のぬいぐるみだったりするのでは?」
「それだと零さんにすぐに捨てられそうね」
「何にせよ、害意のあるものではないようですよ。蓋を開けてみてください」

ギルバートの返事を聴いて、私は恐る恐る壁に立てかけられた大きな棺を見上げた。古めかしい質感の木で出来た紫色の棺桶は、いかにも禍々しそうなオーラを放っていて、ギルバートの言うような“害意のないもの”にはとても見えない。

(中に吸血鬼でも居るんじゃないでしょうね……?)

ホラーが苦手な私にとって、得体の知れない棺桶に触れることは恐怖でしかなかった。けれど、斬りつけてみれば怪異の正体はただの五位鷺だった―――という『諸国物語』の説話が示す通り、正体を知ってしまえば案外怖くなくなるかも知れない。私は腹を括り、重そうな蓋に手をかけた。

「あら、意外と軽い……?」

ギギギ、と重々しい音を立てつつ、拍子抜けする程のあっけなさで蓋は開いた。それと同時に何か白い物が大量に降ってきて、私は思わず大きな悲鳴を上げた。

「きゃあああっ!」
「落ち着いてください、さくら。これはただのコットンですよ」
「へ?……あ、本当だ」

足元に散らばった白いそれらは、緩衝材のように棺の隙間に詰まっていた。そしてその中に埋もれるようにして、小さな影がもぞりと動いた。
恐怖心に駆られた頭でも、“それ”がお化けや怪異の類ではないことだけは理解できた。何故ならその影というのは、棺の大きさから想像していた物とはかなりスケールが異なっていたからだ。

「…………」
「…………」

無言で見守る私達の視線の先で、“それ”はやがて動きを止め、初めて自分以外の存在に気付いたかのようにこちらを見上げた。ぱちくり、と丸い目が瞬く。と言うか、あれは目で合っているのだろうか。顔のパーツが2つの丸い点しかないので、唯一見えているそれが目なのか、目以外の器官なのかすら解らない。

「…………」
「…………」

無言で見つめ合うこと数十秒、“それ”はぽてぽてと私の足元に歩を進め、

「わんっ!」

と一言、元気に吠えた。

大きな棺に入ってやって来た“それ”は、掌に乗るほどの小さな体に白い包帯を巻き付けた、可愛らしい容姿のミイラだった。

*****

「……で、ここに連れてきたと言う訳か。なんだかすさまじくデジャヴを感じるんだが?」
「安心して、私もよ。今回の子はこないだのぬいぐるみよりも、ある意味パワーアップしているかも知れないわ」

だって今度の子は、自発的に動くし喋るんだもの。さくらはそう言って、バッグの中から小さな白いぬいぐるみのような“それ”を取り出した。それはさくらの手の上でぷるぷると首を振り、僕をつぶらな瞳で見上げてきた。
怖がらせないようそっと表面に指を伸ばし、つんつんと突いてみる。

「触るとけっこう柔らかいんだな。水餅のようだ」
「包帯の内側は、ギルバートでさえスキャンできない物質で作られているみたい。試しにリンゴを食べさせてあげたんだけど、喜んで食べていたわ。消化官がどこにあるのかは不明ね」
「物を食べる、水気の多いミイラか……。包帯を解いてみれば、すぐに正体が解るんじゃないか?」
「それはとっくに試そうとしたわ。でも、そうするとこの子、とっても嫌がるのよね」

怖がらせるのは本意ではない。今のところこのミイラに僕やさくらへの敵意はなさそうだし、懐いてくれているようならこのまま優しく接した方がいいだろう。これまでの経験則から行けば、この不思議生命体は明日になれば居なくなってしまう可能性が高い。であれば、今日のうちに好きなだけ構っておきたいとさくらは思っているに違いない。

「名前は何て言うんだ?まだ名前がないなら決めないとな」
「あ、それはもう決まっているみたい。こんな紙が棺桶の中に入っていたの」

さくらがそう言って差し出してきたのは、ただ一言“ミーくん”とだけ書かれた紙きれだった。
名前を付けてもらっている以上は、誰かの飼いミイラ(?)なのだろう。この子が路頭に迷っていた訳ではないと知って、少しだけホッとした。

そこで台所から大きな音が響き、僕は慌てて立ち上がった。

「なぁに?この音」
「ケトルを火に掛けたままにしてたんだ。新しい茶葉を買ったから、淹れようと思っていたんだが、うっかりして忘れていた」

福岡の八女市から取り寄せた玉露があるんだ、と僕が言うと、さくらの顔がぱあ、と輝いた。

「玉露!私、玉露茶って飲んだことがないわ」
「そうなのか?それじゃ、淹れ方から教えてやろうか」
「煎茶の淹れ方とは違うの?」
「ああ。玉露は70度くらいの低い温度で淹れた方が美味しいんだ」
「知らなかった。折角だから、教えて欲しいわ」

さくらの言葉に頷いて、僕達は連れ立って台所へと向かった。熱湯を扱うから火傷をさせてはまずいだろうと、ミーくんにはギルバートと一緒に部屋で待っていてもらうことにした。備え付けのスピーカーをオンにしておくことで、ヘッドホンを身に着けていなくても彼の声が聞こえるように設計されているのだ。これでミーくんにも、ギルバートの声が届くだろう。

「ミーくんはお水なら飲めるだろうか」
「そうね、冷たい飲み物の方がいいわよね」
「ついでにさくらが持ってきてくれた、この果物を食べようか。梨の皮を剥くのを手伝ってくれ」
「はぁい。包丁借りるわね」

こうして並んで台所に立っていると、まるで同棲でもしているかのようだ。彼女はテキパキと包丁とまな板を取り出し、梨の皮を手際よく剥いた。
その間に僕は急須と小さめの湯飲みを取り出し、沸かしたお湯を茶葉を入れていない急須に注いだ。これを一度湯飲みに移すことで、お湯を程よく冷ますのだ。

「そう、茶葉はそれくらいで……、そろそろいいかな。急須にお湯を移してくれ」
「ん。これで少し蒸らすのね」
「ああ。あまり長時間蒸らすと苦みが出てきてしまうから、玉露の甘みを活かすなら2分半から3分程度の蒸らし時間がちょうどいい」

説明している間に時間が過ぎ、さくらは丁寧な手つきで2人分の湯飲みにお茶を注いだ。切った果物と一緒にお盆に載せ、リビングへ戻る。

「お待たせ、ミーくん、ギルバート。……って、ミーくん?どうしたの?」

テーブルの上には、さくらが置いておいたギルバートのヘッドホンと、一生懸命になってギルバートをつつくミーくんの姿があった。僕達が戻ってきたことを察知したギルバートは、彼にしては珍しく、弱り切ったような声を上げた。

「さくら、降谷さん。助けてください……」
「わんっ!わんわんっ!」

僕達にギルバートが事情を説明している間にも、ミーくんはぺちぺちとヘッドホンを叩いている。それはさながら、猫が猫じゃらしを突いて遊んでいるかのようだった。鳴き声は犬にそっくりだが。

「実は、先ほどからこうして何度も突かれて困っているのです……」
「何か意地悪なことでも言ったの?ギルバート」
「いいえ違います。どうやらミーくんは、私の本体がこのヘッドホンであると勘違いしているようでして」

ミイラにとってはギルバートのような人工知能など、見たこともない存在だったのだろう。かく言う僕も、さくらに紹介してもらうまでその存在を知りもしなかった。

「わんっ、わんっ」
「よしよし。そうね、声はするのに姿が見えない相手だから混乱しちゃったのよね」

さくらはテーブルの上にお盆を置くと、指先でミーくんの小さな頭を撫でてやった。犬やぬいぐるみといった可愛いものを前にすると、彼女はとことん甘い顔を見せる。それはこのミイラに対しても同じことのようだった。

「ほら、梨を剥いてきたから一緒に食べましょう?」
「!」
「そうだぞ、ミーくん。お水も持ってきたから、喉が渇いたら飲んでくれ」
「わんっ!!」

僕達の言葉に、ミーくんは嬉しそうに顔を輝かせた。……ように見えた。目しか見えていないのだから表情はあまり大きくは変わらないのだが、それでも彼が全身で喜怒哀楽を表現してくれるお陰で、大体彼が何を考えているのかは解るようになっていた。

小さな手でも持ちやすいように、と一口サイズにカットされた梨を両手で抱え、ミー君は再びギルバートの元へ近付いた。

「ミーくん?何を……」
「わんわんっ!」
「ま、待ってください。まさかとは思いますが、それを私に食べさせようと言うんじゃありませんよね?」

過去最高に焦った様子のギルバートに、僕は思わず吹き出してしまった。いつも鼻につくくらいに冷静さを失わない彼が、こんなに慌てた声を上げるなんて。悪意のある相手ではないだけに、扱いが難しいのだろう。

梨を抱えてじりじりとヘッドホンに近付くミイラを止めたのは、ヘッドホンの開発者であるさくらだった。小さな体を持ち上げ、諭すように鼻先を突き合わせる。

「ごめんなさい、ミーくん。ギルバートは物を食べることが出来ないのよ」
「?」
「あの子はあなたや私達のような、物を食べられる口を持たないの。だからあなたの気遣いは嬉しいんだけれど」

さくらの言葉を理解したのか、ミーくんは気落ちしたように項垂れた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに彼は立ち直ったように顔を上げた。

そして、手に持っていた梨を、今度は目前のさくらの口元に差し出したのである。ぷに、と彼女の唇が果物によって押され、果汁がその表面を滴った。

「……私にくれるの?」

こくこく。さくらの問いかけに心優しいミイラは何度も頷き、早く口を開けて、と言わんばかりにぐいぐいと果物をさくらの唇に押し付ける。彼女は感激のあまり瞳を潤ませながら、おずおずと口を開いた。
そこにちょこん、と梨を一切れ放り込み、ミーくんは「美味しい?」と尋ねるかのように首を傾げた。

「美味しいわ、ありがとね」
「!わんっ!」

彼女の返事に満足したのか、ミーくんは彼女の手に甘えるように擦り寄った。それを見て、さくらは頬を真っ赤に染めて悶絶した。

「どうしよう可愛いすぎる……!」

僕から見れば、ミーくんが可愛いのは勿論のこと、それを大事をそうに抱えながら悶えているさくらのことが可愛くて仕方なかった。
そこで僕は、自分の左手首に向かって語りかけた。

「ギルバート」
「はい、降谷さん」
「2人の映像を僕のパソコンに送っておいてくれ」
「了解しました。今日は邪魔をしに行かないのですか?」
「さくらがあんなに幸せそうなのに、邪魔をする訳がないだろう?」

彼女が幸せそうに笑ってくれるだけで、僕の心も満たされていくのだから。

僕は本心からそう答えて、楽しそうにはしゃぐ2人を見つめた。正体不明のミイラではあるが、さくらのこんな表情を引き出してくれたことは、素直に感謝したいと思った。


BACK TO TOP