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「あ、さくらさん!お待たせしました!」
「蘭ちゃん、こんにちは。私も今来た所よ」

あらゆる意味で心臓に悪い水族館デートを終えた翌日、私は蘭ちゃんと買い物デートのためにショッピングモールを訪れていた。本屋もあればレストラン街もある、映画館も併設された大型商業施設である。

「ごめんね、急に誘ったりして。部活動とか大丈夫だった?」
「はい、今日は午前練だけだったので!それに、さくらさんとも遊びに行きたかったし……」
「ふふ、ありがとう。ラインで言ったと思うけど、実は蘭ちゃんに相談したいことがあって」
「ああ、安室さんのことですね?」

私が蘭ちゃんを誘う口実に選んだのは、知りもしない零さんの誕生日プレゼントを選んで欲しいというものだった。零さんが普段どんな服装を好んでいるか、離れて暮らす私よりもポアロに通っている蘭ちゃんの方が詳しいだろう、と尤もらしい理由を添えて。

「服をプレゼントするんですか?」
「あ、ううん。服と一緒に付けてもらえる小物を選ぼうかなって。あんまりそういう物を付けてる所、見たことないけど……」

どいうか、あの人はその存在だけで完成されている生き物だから、今更余計な装飾品など必要ないのだろう。お洒落なネックレスもブレスレットも、どんなに精巧に作られた指輪も、あの人がつけると考えると途端に色褪せてしまう気がした。

「ペアリングなんかは買わないんですか?」

恐らく蘭ちゃんからしてみれば会心の思い付きだったのだろう。目を輝かせながらそう提案する彼女の勢いに、私は思わずのけぞった。

「ペアリングか。あんまり考えたことなかったわ」
「どうしてですか?大人の恋人同士って、そういうの贈り合ってるイメージでしたけど」
「飲食店で働いてるからかしら?衛生的にもよくないでしょう」
「だったらチェーンを買って渡すとか……」

これは、一度は見に行かないと納得してくれそうにない。私はそれじゃあ下見だけしてみる、と言って、蘭ちゃんと連れ立ってジュエリーショップのある一角へ向かった。



結果として私がそのお店で購入したものは、零さんへのプレゼントでも2人のペアリングでもなくて、蘭ちゃんへ渡すサイドクロスのネックレスだった。

「―――って、何で私が買ってもらってるんですか?安室さんへのプレゼントは?」
「あら、気に入ってもらえなかった?」
「いえいえ、とっても綺麗だしピンクゴールドが可愛いし、サイドクロスのデザインがお洒落でしたけど!でも、私、こんなつもりじゃ……」
「いいじゃない。あなたにとっても似合うと思ったから、プレゼントさせて欲しかったの。……だめ?」

こてん、と首を傾げてみせると、蘭ちゃんはうう、と言葉に詰まった。

「この間から毛利さんが事件に巻き込まれたりして、落ち着かない日が続いていたでしょう。だからその慰労?というか」
「それなら、お土産ももらっちゃったし」
「お土産はどうせ渡すつもりだったもの。ね、お願い。それをつけて、いつか新一君とデートして欲しいな」
「……そう言われたら、断れないじゃないですか……」

蘭ちゃんは恐縮しつつ、買ったばかりの紙袋を見つめた。私は目を細めて、彼女の手の中のネックレスを思い描く。
サイドクロスは災いから身を守れますように、という意味を持つ。こうして何かと狡い大人たちに翻弄されがちなこの子のことを、気休めでもいいから守って欲しい。そう願いを込めてのプレゼントだった。

「そうだわ。蘭ちゃん、今晩は毛利さんが居ないって言ってたわよね」
「あ、はい。沖野ヨーコちゃんのライブだ!って言って、昨日から張り切ってました」
「だったらこれも、ついでにあげるわ。コナン君への、遅めの誕生日プレゼントに」

私はショルダーバッグから2枚の紙を取り出して、蘭ちゃんの手に握らせた。

「ポアロのケーキセットのクーポン券?こんなのあったんですか?」
「従業員限定のね。こないだポアロにお土産を持って行った時にもらったの。今日はこういう事に細かい安室さんは6時までだって言うし、梓はそういう所あんまり気にしないから、遠慮せずに使ってね」
「あ、そうか。さくらさん、夜は安室さんと約束してるんでしたっけ」

色めいた予感がするとぱっと表情が明るくなるのは、若さの特権だろう。なんて、私もまだ若い部類に入るのだろうけれど。

「ええ。そのクーポン、1人1枚対応だから、コナン君と2人で使ってくれる?」
「解りました!ありがとうございます」

蘭ちゃんは素直にクーポン券を財布に入れた。実際には存在しない、架空のクーポン券を。けれど梓にも“コナン君への遅めの誕生日プレゼント”と伝えているから、怪しまれることはないだろう。勿論、支払いは私持ちだ。

のんびりと歩いていると、学生向けのアパレルショップを見つけて蘭ちゃんは立ち止まった。

「あ!さくらさん、あのお店ちょっと覗いてみてもいいですか?」
「勿論。ゆっくり見てってね」

私が着るにはちょっと可愛すぎるような気がしたため、外から遠巻きに眺めてみる。ああ、この色が蘭ちゃんに似合いそうだな、とか、こっちは哀ちゃんが大人になったら着ていそうだな、とか、取り留めのないことを思いながらお店の前に立っていた。

その時、ショルダーバッグの中でiPhoneが揺れた。ラインのポップアップが表示されていて、メッセージの差出人は安室透となっていた。
すみません、ポアロで機材トラブルが発生して、待ち合わせの時間に遅れるかも知れません。
という旨の、零さんと待ち合わせする時は割とよく見るメッセージだった。

私がiPhoneを見つめていることに気付いたのか、いつの間にか買い物を終えていた蘭ちゃんが不思議そうに声を掛けてきた。

「さくらさん、どうかしたんですか?」
「見て、蘭ちゃん。あの人、今日も遅刻ですって」
「ええーっ!?」

私の手元を覗き込んだ蘭ちゃんは、またですか、と怒ったような声を上げた。

「だって前にも、4時間も待たされたんでしょう?その間にナンパされてて、歩美ちゃんたちが助けたって聞きましたよ!」
「その話、蘭ちゃんの耳にも入っちゃったのね。そうなの、今日もこないだと同じ、米花駅で待ち合わせなんだけどな……」

別の場所で待ってた方がいいかしら、と呟く私の手を、蘭ちゃんはしっかりと握った。

「私が一緒に待ちます!」
「え?」
「もしさくらさんに声を掛けてくる不届き者がいたら、コテンパンに伸してやりますから!だから、一緒に安室さんを待ちましょう!」

蘭ちゃんの目は一種の使命感に燃えていた。私は一度断ってはみたものの、正直なところ彼女がいてくれると心強かったので、時間を決めて一緒に待ってもらうことにした。

「ごめんね、蘭ちゃん。コナン君も待ってるから、7時を回ったら先に帰るのよ?」
「解りました。それまでは、女2人で仲良くお喋りしましょうね!」

にこにこと微笑む顔が本物の天使に見えた。これはコナン君でなくても骨抜きにされるわけだ。

そう―――例えば、ベルモットという女でさえ。

私が目下最大の敵である女の顔を思い浮かべている様を、遠くから冷たい眼差しが食い入るように見つめていた。


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