クリスマス限定拍手





10万打企画の『WeihnachtsZauberU』の続きです。そちらを先に読んでいただいた方がより楽しんでいただけると思います。



フランクフルトでクリスマスマーケットを満喫した翌日、私はカイザースラウテルンの自宅で零さんが来るのを待っていた。最寄りの駅まで迎えに行くと言ったのだが、プレゼントに何を渡すか内緒にしておきたいから家に居てくれと頼まれたので、大人しく自宅で待機することにしたのである。こういう時、彼に人工知能と通信できるスマートウォッチを渡しておいてよかった、と心底思う。ギルバートがついていれば、初めて訪れる街でも道に迷うことはないだろう。

テーブルの上には私が作ったドイツの伝統料理が並んでいる。豚バラ肉の白ワイン煮込み、フラムクーヘン、クヌーデル、付け合せのザワークラウト、塩気のきいたプレッツェル。お鍋の中にはベーコンや人参、玉ねぎやブルスト、そしてジャガイモを煮込んで作ったカルトッフェルズッペが入っている。本来ドイツでは、温かい食事を摂るのは1日のうちに1回だけと決まっているのだが、ちらりと覗いてみたところ、窓の外には一面の銀世界が広がっていた。こんなに寒い中をわざわざ出向いてくれるのだから、せめて温かい食事を用意して待っていたいと思ったのである。

(零さん、早く来ないかな……)

サイドボードの上に飾っておいたアドベントカレンダーをつつきながら、私はそっと息を零した。昨日の夜、フランクフルトで偶然零さんに会っていなければ、今ごろはきっと黙々とパソコンと睨めっこしていただろう。日本ではクリスマスは恋人や友人と過ごすもの、という風習が出来上がっているけれど、クリスチャンの多い欧米では家族と過ごすのが鉄板である。だから大学の友人もD.F.K.Iの同僚たちも、クリスマスは家族と過ごすという人ばかりで、去年は随分寂しい思いをしたものだった。

でも、今年は違う。今年は大切な恋人が、海を渡って私の許へ会いに来てくれたのだ。昨日会えただけでも奇跡のようだと思ったのに、お家デートまで堪能できるなんて思ってもみなかった。

(プレゼントって、何を持ってきてくれるのかしら)

デザートとワインは任せておけ、と言われたので、それらを持ってきてくれるのは確定として、中身を内緒にしてまで渡したいというプレゼントが何なのか、私には解りかねた。
もう1つ溜息を零しそうになったところで、玄関のインターホンが鳴った。凭れていた椅子からぱっと跳ね起き、リビングを出ていく。
どきどきしながら鍵を回し、ドアノブを押した。冷たい風が顔を吹き付けて、思わず瞼を閉じる。

「寒……っ、零さん、いらっしゃ……」

次に目を開けた時、私は満面の笑みを浮かべて彼を迎え入れようとした。けれどその言葉は中途半端な所で引っ掛かり、続きは白い息となって風に攫われてしまった。
それも無理からぬことだろう。ドアの向こうに立っていたのは、昨日プレゼントした大判バンダナを首元に巻いた零さんだった。けれど、彼の顔があると思っていた場所には、見慣れた端正な顔立ちではなく、ふわふわの毛に覆われた丸い顔がそこにあった。

「…………」

ぽかんと目を丸くしながらふわふわの顔を見つめていると、

「メリークリスマス。……こういうのは趣味じゃなかったか?」

沈黙に耐え切れなくなったのか、零さんがふわふわの後ろから気まずそうな顔を覗かせた。

ふわふわ―――彼の手に抱えられた大きなクリーム色のテディベアは、黒いボタンを縫い付けただけのつぶらな瞳で、寒い玄関に立ち尽くす私達を呆れたように見詰めていた。



「ふふ、ふ……っ、零さんが、零さんの顔がテディベアに……っ」
「……笑い過ぎだ、さくら。君はこういう可愛いものが好きだと思ったから、わざわざ探し回ったんだぞ」

私は貰ったばかりのシュタイフのテディベアを抱き締めて、ソファに沈んで笑い転げていた。そんな私の背中を苦虫を噛み潰したような顔で見やり、零さんはコートを脱いでネクタイを緩めた。

「だって、そんなカッコいいコートに身を包んで、新品のバンダナ巻いて、どこの英国紳士かってくらい決めた恰好をしたイケメンが、小脇にはこんな可愛いテディを抱いてるんでしょう?絵面を想像しただけで可愛いわ」
「ドイツはエコ大国なだけあって、日本のようにプレゼントの過剰包装をしないからな。剥き身で持ち歩くしかなかったんだ」

零さんはそう言うと、ソファの隣に腰を下ろして私の体を背後から抱きすくめた。苦しいくらいに腕に力を籠められて、いい加減に私も笑いを引っ込める。

「ああ、可笑しかった。これってひょっとして、ティファニーとコラボした限定商品じゃない?肉球の色が青いもの」
「ああ。折角ドイツに来たんだし、それらしいものを買おうと思って検索したら、メッサーシュミットの刃物と並んで人気の土産物が、このシュタイフのテディベアだったんだ」

喜んでもらえただろうか、と殊勝に訊く態度が可愛くて、私はテディベアの額にキスを落としながらはにかんだ。

「とっても嬉しいわ、ありがとう。私の部屋ってご覧の通り、基本的に物が少ないから、すごく殺風景だったのよね」

帰って寝るだけの生活が続く時もあるから、あまり部屋には物を置かないようにしていた。けれどその分、このテディベアに自然と意識が向く。これからは家に帰ったらこのテディベアが迎えてくれるのだと思うと、独りの寂しさを感じなくて済みそうだと安堵した。

私はテーブルに目をやって、そろそろ食事にしましょう、と提案した。

「そう言えば、ワインはピノノワールを買ってきたぞ。これでグリューワインを作ると言っていただろう?」
「ありがとう、それは食後に準備するわね。先にこちらを開けましょうか」
「それは?」
「フランケン地方のシルヴァーナで作られた白ワインよ。お肉料理にはピッタリなの」
「成程、今日のメニューにはちょうどいいな」

零さんはテーブルに並んだメニューを見て、嬉しそうに頬を緩めた。私は鍋に入ったカルトッフェルズッペを温め直し、スープ皿によそった。最後にバターを乗せることも忘れない。

「それじゃ、いただきます」
「どうぞ、遠慮なく召し上がれ」

初めてドイツで囲んだ食卓は、スープの温かさに負けないくらいぽかぽかした空気に包まれていた。



デザートのレープクーヘンを食べ、食後のグリューワインを飲んで一息ついたころ、零さんは席を立って大きな紙袋を差し出してきた。

「零さん?」
「プレゼントはまだあるぞ。ほら」
「え?……他にも貰っていいの?」
「さくらだって、昨日バンダナの他に手袋もくれただろう。貰いっぱなしは性に合わないからな」

困惑しつつ受け取った袋を開けてみれば、カナダの某有名メーカーのロゴが描かれた白い箱が入っていた。蓋を開けてみれば、中に収納されていたのはこげ茶のレースアップブーツで、雪国でも使用可能な高い保温性を持った一品だった。スノーブーツだからと言ってモコモコしたデザインではなく、すっきりとしたシルエットながら、キルティングステッチ入りのフェルト生地を部分使いすることで、暖かそうな見た目と季節感も演出できるという、職人技の光るブーツである。

「えっ、これをくれるの?」
「ああ。サイズは問題ないはずだが」
「私、あなたに足のサイズなんて話したかしら」
「君の足には何度も触ったことがあるし、大体は見た目で解る」

彼は何でもないことのようにさらりと宣ったが、絶対にそれは何でもないことではないはずだ。それにしたって濃厚なチョイスである。靴をプレゼントに選ぶなんて、並大抵の男ならリスキー過ぎる選択だろう。
試しに足を入れて見ると、まるで私のために誂えたかのように、新品のブーツは私の足にぴったりと馴染んだ。

「わあ……。あったかいし、歩きやすいわ!ヒールもそこまで高くないけど、脚が綺麗に見えるデザインだし、外を歩いても足が凍えることはなさそうね」
「マイナス40度まで耐えられる設計だからな。気に入ったか?」
「ええ、とっても!」

踊り出しそうな足取りで、私はくるりと一回転した。滑り止めのついた靴底のお陰で綺麗に回転は決まらなかったものの、私の浮かれた気持ちを零さんはしっかりと受け止めてくれたらしい。

「それならよかった。これからのシーズン、まだまだ寒い日が続くだろうから、是非使ってやってくれ」
「ありがとう、本当に嬉しいわ。明日から外を歩くのが楽しくなりそう」

雨や雪の日は、どうしたって足元が悪くなりがちで、お気に入りの靴も履けないことが多かった。けれどこれからは、零さんがくれたこのブーツで思う存分どこへでも行ける。
丁寧にブーツを脱いでソファに座る彼に近付くと、私はありったけの感謝の気持ちを込めて、彼の唇にキスを落とした。初めは不意を突かれて驚いていた彼も、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべて私の腰をホールドした。

一緒に過ごせる幸せを噛み締める私達を、物言わぬテディベアだけが見守っていた。

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