本当は勝手に使っちゃいけないであろう、家庭科室。鍵はしまっていたけど、神楽ちゃんが思いっきりドアを蹴破った。 入ってすぐある調理台にボウルをおいて、早速チョコを作ろう!ということになった。 そこまではいいんだけど……
「で?こっからどうするアルか」 「え?知らない」
あははーと二人で顔を合わせて笑いあう。 が、次の瞬間神楽ちゃんが私の顔めがけてボウルを飛ばしてきた。 私は咄嗟にブリッジをして、それをよけた。伊達に今まで3Zで生活してきたワケじゃないもん。私だってちょっとは鍛えられてるもん。
「どういうことアルか!凛なら知ってると思って…凛なら料理できると思って…凛なら私の気持ち知ってると思って…それが知らないアハハってどういうことアルか!」 「知らんよ、そんなことォ!私、料理とかほんとダメなの苦手なの!できないことはないけど…」 「じゃあさっさと教えろヨ!私、右も左も分からないんだからなー!」
とりあえず私は、頭の中に数年前パソコンで見たチョコレートのレシピを思い浮かべてみる。 牛乳とチョコとお湯があればできるはず。 神楽ちゃんが投げたボウルは勢いのあまり底が凹んでる。 新しいボウルを四つ出して、そのうち二つにポットから熱湯を注いだ。
「なんでお湯入れてるネ。アホアルか」 「溶かすんだよ、チョコを。まあ、このままあげてもいいけどね」
神楽ちゃんが用意したと思われる、スーパーで買ってきた『これでカンタン!バレンタインチョコ!』というふざけた名前のチョコレートが調理台の上に乗っている。 私はその袋をあけて、中から半分だけチョコを取り出し、ボウルへ入れた。
「これで溶かすの。私の記憶が正しかったら、だけど…神楽ちゃんゴムベラ取って」 「?これアルか?」
「そうそうそれそれ」と言いながら神楽ちゃんが取ってくれたゴムベラで丁寧にチョコを溶かす。 神楽ちゃんが隣で目を輝かせながら「おぉ!」と言って感激していた。その数秒後に「私もやってみるネ!」と言って私がしたことを真似て神楽ちゃんなりにチョコレートを作っていた。
数時間後…――
「神楽ちゃんできたー?」 「できたネ!わたしにしては上出来アル!」 「私もー!」
二人ともそれぞれ作ったチョコレートを見せ合う。 神楽ちゃんのはどこでそんな技術を覚えたんだといいたいくらい上出来で、ご丁寧にタルトの上にチョコが乗っていた。
「すげー…」 「凛のはどれアルか?」 「え、わ、私の?あ、あぁ…ちょっと待ってねー」
なんで神楽ちゃんあんなにうまいのォォォ!私、見せづらくなっちゃったよ!上出来だと思ってたのに!こんなん見せたくないよォォォ! ドチクショオォォォォ!
「はい…」 「食べてもいいアルか?」 「どうぞ」
見た目は普通のチョコレート。市販のと同じくらいの大きさで、ハート型になったチョコレート。 神楽ちゃんがそれを口の中に放り込んだ。 それから数秒沈黙が流れる。
「……どう?」 「美味しいアル…」 「ハッキリ言ってくださああああい!!」 「ハッキリ言うと微妙アル普通アルなんの特徴もないネ私こんなチョコ山ほど食べた記憶があるヨ」 「もうやめて、それ以上言わないで」
昔から私の作るものは普通だった。何を作ったって、美味しくもなければまずくもない。普通の料理。 バレンタインデーの思い出は悪いのしかない。それは、そのせい。 美味しいと言われなかったのがショックでバレンタインなんて廃止されればいいと思ってたんだ。
「これでもきっと喜んでくれるアル」 「それならいいけど……」
その後、丁寧にラッピングして、期待と不安を胸に抱えたまま私たちは家へ帰っていった。
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