私が日本に帰国してからもう一ヶ月以上が過ぎた。窓から入る風が冷たい…世間は気が早くて、クリスマスの準備なんかを始めている。そんな中、私は仕事もせず家にいた。日本で仕事を探したって、どうせすぐに辞めなくていけなくなるだろう。

「…まだかな。」

私はケータイを取り出した。私からかけると言ったのに、遠く離れた恋人は、俺がかけるからと言ってきかないんだ。まだ、仕事終わらないのかな?無事でいてくれるよね?早く言いたいことがある。それに声だって聞きたい。着信履歴を埋めるこの名前を、何度押そうと思ったことか。ぎゅっとケータイを強く握り締めた時、願いが通じたかのように部屋に着信音が響いた。

「も、もしもし!」
「“まだワンコールしか鳴らしてねぇぞぉ。”」
「…待って、たんです。」

毎日くれる電話では足りなくなっていた。前みたいにいつでも傍にいてほしい。仕事から帰ったなら、一番におかえりと言って抱き締めたい。日に日に思いは募り、私は昨日ついにペンを取った。

「あの、実は…」
「“他に好きな男が出来たとか、そんな話なら切るぞぉ。”」
「なんでそうなるんですか!ちゃんとサインしたんですよ、昨日!」

あ、もっと遠回しに言うつもりだったのに。的外れなスクアーロさんの発言を聞いてつい…そう。あの婚姻届に、やっとサインをした。スクアーロさんのことは本当に好きだけど、全て急すぎる話だったから、サインする気になれなくて放置してたんだよね。スクアーロさんと離れて一ヶ月…どんどん寂しくなる自分がいて、スクアーロさんなしじゃ駄目なんだと確信したのが一週間前。散々悩んだ挙げ句、昨日…

「“なまえが、待ってたなんて珍しいこと言うから、てっきり…”」
「スクアーロさんが毎日電話くれるから、他の男と会う暇なんてないです。」
「“本当か?絶対だな?”」
「嘘ついてどうするんですか。」
「“なら今から日本に行く。”」

は?いやいやいや。何故そうなる!?サインしたんだから私がイタリアに行くんじゃないのか?あー…でもまだ途中なんだよなぁ。あの婚姻届、全部イタリア語で、名前と住所以外は書けなかった。それもスクアーロさんが書いてるのを見て何となくで書いたもんだし。

「“どうせ名前しか書けなかったんだろぉ?”」
「失礼な!…住所も書けました。」

やっぱりとケータイ越しに聞こえる笑い声が、私の胸をきゅうと締め付ける。その声に混じって聞こえるのは床を早く蹴る音、そして勢い良く扉を開く音…

「“ゔお゙ぉい!ボス!嫁が婚姻届の書き方分かんねぇーとかほざきやがったから、ちょっと日本まで行ってくるぜぇ!”」
「“うるせぇ!それを書いてないならまだ嫁じゃねぇだろうがこの馬鹿鮫!!”」
「“あ゙あ゙?どのみち俺の嫁だぁ!よし許可が出た。今から行くぜ。”」

あ、ザンザスさんお久しぶりです。って、え?ちょ 本当に来んの?今から?つーか許可出てないよそれ…時計に目を向ければ夕方の五時前…今からだと明け方には着くかも。その後一方的に電話は切られ、かけ直しても繋がらない。どうしよう…スクアーロさんが来るなら部屋を片付けなきゃ!でも早めに寝ないと空港まで迎えに行けないよね?ああもう!






夜が明ける頃、空港で痛いくらい抱き締められた。

「Io lo faccio felice!tu sei la mia cosa!!」
「な、何て言ってるのか分からないです!スクアーロさん!」

スクアーロさんは酷く興奮しているようで、イタリア語しか話さない。けどそれも嬉しい。背中に回された腕は相変わらず暖かくて、言葉の意味なんか分からなくても良かった。だってこんなに幸せだと思える瞬間が訪れたのだから。

「Grazie!…なまえ。」
「…こちらこそ、ぐ、grazie.」

十年前と同じ台詞を、今度は名前と笑顔付きで。ほら私の思い出に間違いはなかった!そうでしょ?優しい銀髪のお兄さん。


Io lo faccio felice
(幸せにしてやるぞぉ)
tu sei la mia cosa
(お前は俺のもんだぁ)



「なまえ、発音が違うぞぉ。グラージエじゃなくて、グラーツィエ。」
「ぐ、ぐらーちぇ?」
「ゔお゙ぉい…」

この笑顔が、この先十年も二十年も、ずっとずっと私のでありますように。



laststage end
連載終了(〜091027)



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