目が覚めると普段と何も変わらない普通の朝だった。ある日突然、この非日常生活は始まり、今ではここで迎える朝が“普通”だと思うようになっていた。だけど、一般人には関係のない世界。一般人の私は今日から関係のない人間…それが普通であって当たり前じゃないか。

「荷物、まとめなきゃ…」

昨日のうちに粗方片付けた。十分もかからないうちに全てまとめられる。ああ、早く起きあがりたい。それなのに隣にいる恋人は私の胴を抱えて離さない。今日でこんな関係も終わる。一般人と暗殺者なんだから。

「スクアーロさん。ありがとうございました。」

小さな声で呟いて、その腕をそっと退けた。スクアーロさんより先に起きたのは今日が初めてだと気づいたのはベッドを降りてから。寝顔は是非とも拝んでおきたい!というわけで、起こさないようにゆっくりと覗き込んだ。あー寝顔も綺麗だなんて在り来たりすぎる。だから、在り来たりだけどほっぺたにキスさせてね。

「大好きです。たぶんこれからも。」

キスの後に添えた台詞はこれまた在り来たり!いいんだよもう何でも。映画の世界だと思えばいい。ずっとそう思ってた。あ、早くしないとスクアーロさんが起きちゃう。扉の開閉は静かに、足音にも気をつけて…









「行くのか。」

荷物を全てまとめ、自室を出た時だった。廊下で私に声をかけたのはザンザスさん。昨夜のこともあるし、かなり気まずい…

「…はい。あ、あの昨日は、…すみませんでした。」
「半分冗談だ。慣れねぇ酒は飲むもんじゃねぇ。」

半分!?…聞かなかったことにしよう。ザンザスさんは口角を少し上げ、私の進行方向を向いて歩き出した。もしかして見送りに来てくれたとか?まだ早朝なんだけど。

「玄関までだ。そこに車を用意させている。アジトの周りは術士達の作った幻覚だらけでな。なまえ一人じゃ街にも出られねぇ。」

本当に見送りに来てくれたみたい。ザンザスさんに見送ってもらうなんて、私ってば贅沢。

「ありがとうございます…いろいろと。このカードもお返しします。」

ついで、というか忘れないうちに。いくら入ってるのかは知らないけど、ちょっと使ったくらいじゃなくならない額だってことは分かったから、貰って帰るのには抵抗があるんだよね。

「土産だと思って持って行け。そのカードは日本でも使える。」
「額が怖いので遠慮します。」

苦笑いしながら答えると、ザンザスさんはカードを受け取り、今度はいくらかの現金と日本行きの航空券、それとパスポートをくれた。ああ…財布すられたんだっけ。そんなことも忘れてたな。予め買っておいた帰りの航空券は期限切れで捨てたんだった。現金は空港までの交通費らしい。

「最後の最後までご迷惑かけてすみません…」
「まったくだ。ビザなしってことは三ヶ月滞在ので来たんだろ?思ったより早く片が付いたからな。パスポートは元の状態に戻しておいた。」

いったい私のパスポートはどうなっていたんだろうか。以前スクアーロさんは裏から手を回したとか言ってたけど…やっぱり怖いから考えないようにしよう。それが一番いい。航空券をよく見ると、飛行機は昼の便で予約されていた。今からなら十分間に合うよね!

「おはよう。なまえちゃん。」
「…本当に帰るんだ。」

玄関に着くとルッスーリアさんとベルさんが。フランさんとレヴィさんも!

「残念ですー。変態がなまえさんの代わりに日本へ行けよって感じですよねー。」
「なぬ!ま、まぁ、任務でなら日本にも立ち寄るだろうからその時は…」
「はぁ?ボス、これから日本での任務は王子に回してくんない?なまえの身の為にも。」
「ぬう…ベルまでも!」

あちゃ。こんな時にまで喧嘩ですか…この人達らしいと言えばらしいけど。ザンザスさんがブチ切れる前に私は退散しよう。うわ、銃持ち出したよ!こりゃ時間ないわ!!

「お見送りありがとうございます。私そろそろ行きます。ここでの生活は、すーっごく、楽しかったです。初めは怖かったけど…それも良い思い出になりました。」

そう言って車に乗り込もうとした時…今あまり聞きたくない人の名が出た。

「来ないですねーあのロン毛た…スクアーロ作戦隊長。」
「…まだ寝てますよ。最後は、一緒にいてくれました…私、それで満足です。」

どうしてスクアーロさんのことになるとこうも涙腺が脆くなるんだろう。この一週間、もうスクアーロさんには会えないと思ってた。それなのに最後の日には戻って来てくれて、抱いてくれて…私には大きすぎる幸せ。子供の頃の初恋が一瞬でも実ったことは、奇跡に近い。だからね、これ以上を求めちゃ、駄目。最後に涙なんて見せたくなかったから、急いで扉を閉めて車を出してもらった。しっくりこない別れ方だけど、仕方ない。前を見ても、運転手は知らない人…それなのに、身に纏った真っ黒な隊服は愛しいあの人を連想させる。早く忘れなきゃ。そう思いながら、後部座席にうずくまった。



たぶん、絶対
忘れられはしないけど




stage36 end


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