「なまえさーん。日本に帰ってもーまた遊びに来てくださーい。華がなくなるんでー。」
「うししっ。王子は日本まで遊びに行くから。寿司も食いたいし。」
「あら、私も行くわよ。なまえちゃん、美味しいケーキのお店教えてね。」
「なら俺も…」
「変態が行くくらいならミーが行きますー。」

あの日から、みんなが私に気を配ってくれている。今日も任務を早くに済ませ、夕食を一緒にとってくれた。その後は談話室でお喋り。私が寂しくないように、泣かないように。そんな気持ちがいっぱい伝わってきて、それだけで幸せ。しかもザンザスさんまでもが談話室にいてくれる!これにはみんなビックリ。

「本当に帰っちゃうのね、明日。」
「はい。この一週間、とっても早かったです。楽しかった証拠ですね。」

ありゃ…妙にしんみりしちゃった。初めてイタリアに来てマフィアに遭遇。争い現場見ちゃったり、命狙われたり、人殺しのマフィアが初恋の人、だったり。あり得ないことばっかり。全部楽しさの欠片もない設定なのに、不思議と、本当に楽しかったんだよ。

「なまえ。」
「は、はい!」
「今夜は俺の相手をしろ。」

は?ななな何言ってんですか!ザンザスさんが珍しく喋ったと思ったら…相手って?今夜の相手って何ですか?ほら、みんなぽかーんってしてる!

「な…何の相手、でしょうか…?」
「酌しろって言ってんだよ。常時発情期のカスと一緒にすんじゃねぇ。」
「そっ、そうよねぇ。んもぉーボスったら、ビックリさせないでちょうだい!」

ならみんなで飲もうぜと提案したベルさんをギラリと睨み、ザンザスさんは私の手をとった。行くぞと声をかけられた私はザンザスさんの後に続くしかない。まだみんなと話したいことあったのに!談話室を出ながらそう思った…けどまぁ、いいや。どうせ話しきることなんて出来ないんだから。明日だなんて、早すぎる。



「お前に合わせてやった。感謝しやがれ。」

ザンザスさんの自室。テーブルにドンと置かれた日本酒の一升瓶。うわ、これ高いんだよな…ワインには疎い私でも日本酒ならちょっとくらい知ってる。日本人だからね!

「あ、ありがとう…ございます。」

ご丁寧に徳利とお猪口も用意されていた。ザンザスさんに断ってから、力一杯瓶の蓋を開ける。きゅぽんっという音と一緒に、あの独特な香りが広がった。私はそれを徳利にとぷとぷと注ぐ。ザンザスさんにはお猪口を。その時、やはり日本人だなと言ったのは褒め言葉だろうか。

「この徳利を暖めても美味しいんですよ。」
「日本酒は普段飲まねぇ。」
「なら、これを機に。」
「悪くない。」

徳利からお猪口に酒が移る。それを一口で流し込んだザンザスさんを見て、どきりとした。グラスにワインを注いでくれたスクアーロさんは優しさに溢れていたけれど、女に注がせた酒を飲み干すザンザスさんは男気に溢れてる。どちらが良い男かなんて、私みたいな一般人には決められない。でも、やっぱりスクアーロさんの方が好みかな。

「飲まないのか?」
「い、いえ!いただき、ます。」

ザンザスさんに言われ、慌てて自分のお猪口にも酒を注いだ。一口喉に流せば、気分が良くなる。このお猪口を飲み干せば、嫌なこと、少しは忘れられるだろうか。

「なまえ、お前を呼んだのは他でもねぇ…スクアーロのことだ。」
「…はい。」
「忘れろ。」

忘れろ?スクアーロさんを?確かに嫌なこと忘れられたらいいなぁとか思ったけどさ、別にスクアーロさんが嫌なんじゃない。寧ろそこは忘れたくないよ。

「無理です、私…」
「そんなに、あのカスがいいのか?」
「はい。駄目なんです。私はスクアーロさんじゃないと。」
「だが、お前を置いてどっかに消えやがった。それも事実だ。」
「…そう、ですね。」

ぎゅっ。私が柔らかいソファに深く座り直したせいで、ソファが小さく鳴いた。私も泣きたいよ。何処に行ったんだろう。明日帰らなきゃいけないのに。ねぇ、何処にいるの?この一週間、いつだって泣きたかった。みんながそれをさせまいと傍で笑ってくれるから、堪えたけどさ。

「あいつとの付き合いも長くてな。見たくねぇとこまで見えてくる。」
「…聞きたいです。スクアーロさんは、どんな人なんですか?」
「一言で言うなら馬鹿だ。」

馬鹿。そこから始まった昔話は意外と壮絶で、スクアーロさんと出会った時のこと、当時の剣帝さんとの勝負、失った左手の意味、ゆりかごって事件の後は数年飛んで、リングの話、そこから今のこの状態まで…聞いたことのある話も含めて全部。私の知りたいスクアーロさんのこと、全部知ってるんだ。ザンザスさんは…ちょっと、悔しいな。

「聞けば聞くほど、あいつの馬鹿っぷりが見えてくるだろう。」
「…はい。」
「あいつが真っ直ぐすぎるところも。」
「はい。分かります。」

私の一番の幸せは、スクアーロさんを忘れて日本に帰り、一般人と結婚して家庭を持つことだとザンザスさんは言う。

「そんなこと、私だって分かってるんですよ。」

そう言って空になったザンザスさんのお猪口に酒を注ぎ、残りの少なくなった自分のお猪口にも酒を足した。ザンザスさんはまた一口で飲み干して、お前も馬鹿だなと笑った。



stage33 end



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