甘かった。匿ってもらって日の浅い私が、この建物の作りをよく知っているわけがない。ザンザスさんからの呼び出しなんだから、ザンザスさんの部屋に行けば…と思っていたんだけど、どうやら誰もいないようだ。この場所だって“ここは危ないから近づくなよ”と言って教えてもらっただけ。あとは何処に何があるのかも分からないし、いくつ部屋があるのかも知らない。探す当てのなくなった私は談話室に入り、ソファに丸くなって座った。

「あらなまえちゃん!」

数分もしないうちにルッスーリアさんが談話室に入ってきた。私を見て慌てているみたい。

「よかったわー。無事で!スクアーロったら、私がちょっと任務でアジトを離れたと思ったらすぐこれだもの。」
「無事って…」

どうやら私がスクアーロさんの部屋で朝を迎えた話は伝わっているらしい。ハハハとひきつった笑顔で対応しつつも恥ずかしい気持ちで一杯だ。

「あの、スクアーロさんは…」
「会議室にいるわよ。まだボスに怒られてるんじゃないかしらね。」

ボスもなまえちゃんのこと、気に入ってたみたいだから。とルッスーリアさんは言う。え?ザンザスさんが?私あんまり接点ないんだけど…いやそりゃカードは貰ったけどさ、会ったのはここに来た日と、二三回呼び出された時くらいだ。それも不自由はないかと聞かれ、はいと答えるだけで終わる内容だった。

「人柄よ。きっと、アナタみたいな内側から可愛らしい子を初めて見たのよ。ボスも最近丸くなってきてくれて、私達もやっと人の子だと分かってきたくらいだから…」

成る程。女が気軽に近づける雰囲気じゃなかったってことね。今でも充分近づきづらいけど!超怖いけど!!

「そう、だといいんですが…あ、会議室って…」
「案内してあげる。実は、なまえちゃんを連れてこいって頼まれてたのよ。」

ルッスーリアさんに手を引かれ、私は談話室を後にした。長い廊下や分かりにくい階段、まるで迷路のような建物だと改めて思った。やっぱり敵が攻めてきた場合に〜とか、そんな理由があるんだろうか。

「ここよ。」

初めて来た場所だ。談話室から結構遠かったなぁ。扉の中からは微かに口論が聞こえてくる。ルッスーリアさんは、まだやってるのねぇとため息を吐きながら扉を開けた。

「ボス〜なまえちゃんを連れてきたわよぉ〜」
「お、お邪魔します…」

入って唖然。スクアーロさんがガラスの破片まみれだった。髪からはポタポタと液体が垂れている。

「ちょ、え!何事ですか!?」

焦った私はスクアーロさんに駆け寄り、着替えた際に持ってきたハンカチをポケットから取り出した。それで頬を拭うと、じわりとハンカチが湿る。強いアルコールの匂いがした。

「うししっ、どー見ても彼女じゃん。よかったななまえ!」
「ミー達のおかげですねー感謝して欲しーです。」

ベルさんにフランさん、何も言わないけどレヴィさんもいる…幹部さん全員集合ですか。あの時ケータイから“いつもの用だ”と言うザンザスさんの声が僅かに聞こえた。毎朝こうして集まっていたりするんだろうか。

「構うななまえ、破片が刺さるだろぉ。」
「で、でも…」

私のせいでこうなったんだ。胸が痛む。それでもスクアーロさんは私の手を拒み、ザンザスさんへと歩み寄った。机に足を投げ出したザンザスさんはスクアーロさんを睨み上げている。

「なまえのことを考えるなら、カスがしゃしゃるんじゃねぇ。人殺しが一般人に手ぇ出していいわけねぇだろうが。」
「尤もだ。でもよぉ…」
「でもなんてのは言い訳だ。」

こ わ い 。普通こんな場面ってさ、私が、止めてください!なんて叫びながら間に割って入るんでしょ?無理無理、こんな中に入ったら命なくなんでしょーが。やば、嫌な汗がタラタラ流れてきたよ…

「おい、なまえはどうだ?」
「は、はい!何でしょうか…」
「命を狙われてここにいるんだろう?あのファミリーのことは徐々に調べが付いてきている。過去にも面倒な事件を起こして目をつけていたからな。」

へーそうなんだ。あ、だからスクアーロさんが敵方の情報を盗みに行ってたわけか。なんとなくだけど、私にも話が読めてきたかも。その情報を元に、もうすぐ敵方さんとのいざこざが片づくんだろう。そして私は無事解放される。いい話じゃないか。

「その顔…本当に飲み込みが速いようだな。もう自分の命が助かるまでの経由は想定出来たか?」
「!…は、い たぶん。」
「想定通り、もうすぐお前は助かる。だが、スクアーロと一緒にいてみろ。いつ誰に命を狙われるか分かったもんじゃねぇ。こいつはそこそこ腕の立つ暗殺者だ。弱点を探している輩も少なくない…なまえ、お前は望んでそんな男の“弱み”になるつもりか?」

どくりと胸が鳴った。知っていたじゃないか。あの逞しい背中は、たくさんの罪を背負っているんだってことくらい。スクアーロさんは任された任務をこなしているだけ。けど、スクアーロさんが殺した誰かは、他の誰かにとって必要な人だったに違いない。例えこちら側に不要な人であっても。それならば、残された“他の誰か”はスクアーロさんを恨んでる。大切な人を奪われた悲しみは、大切な人を奪うことで…

「あ…」

私は浅はかだったのかもしれない。力なく床に座り込んでしまった。命が欲しいとか、スクアーロさんが怖いとか、いろいろ混ざって、気持ち悪い。好きなのに、命を張れと言われて言葉が出ない。そんな自分が、嫌だ。

「ザンザス、あんまりなまえを苛めんじゃねーぞぉ。」

自分を好きだと言った女が、今自分より命が大事だと行動で示したばっかりだってのに、なんで笑ってるんだろう…なんで、

「なまえが決めればいいことだぁ。俺は、なまえが拒否しない限り手放す気なんざねぇ。」

こんなに暖かいんだろう。暗殺者のくせに。動かない足の代わりに、私は精一杯腕を伸ばした。スクアーロさんに届けと。スクアーロさんは起こして欲しいのだと勘違いしてると思う。違う、ちょっとでいい、触れたかった。

「っ…怖いけど、好き。好きです。十年間も、忘れられなかっ、た…」

私に差し伸べられた手、それを無視して隊服の袖をぎゅっと握った。やっと手に入れたんだ。離したくない。そんな私に、スクアーロさんは懐かしい言葉をくれた。


「Grazie.」


それだけが、私をイタリアに導く手がかりだったんだからね!



stage23 end



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