煩い。枕元で何かがガタガタ震えてる。人が気持ちよく寝てるっていうのに!私はイライラしながらその正体を手に取り、ボタンを押した。
「んもぉ…おかーさん?仕事辞めたからぁ、しばらく朝は電話くれなくていいって言ったでしよぉ。」
「“…なまえか?”」
「なぁに言ってんの〜誰のケータイだと思っ……」
「“カスにかけたつもりだったんだがな。”」
寝起きの間抜けな声で電話に出られたのは、母が毎朝鳴らしてくれていた電話(目覚まし時計の代わり)だと思ったから。子供すぎる?仕方ないじゃん。昔から朝は滅法弱いんだ。そんなことより、現状をよく考えよう。今イタリアにいるんだよ?ケータイなんか使わない。そう言って鞄の奥底に押し込んだのは私だ。そして耳に当てた機械から聞こえるこの低い声は母ではない。頭が真っ白?目の前が真っ暗?どっちでもいいよ。私はとんでもない電話に出てしまったのだ。
「ザ、ンザスさん…!こ、これには訳があ「ゔお゙ぉおい!こんな朝っぱらから何の用だぁ!?」
びっくりした。いきなりケータイをぶん取ったのは勿論このケータイの持ち主。私の声を掻き消すかのように大音量で返事をするも、視線は左右を行ったり来たり…完璧に焦っていた。
「“何の用だと?いつもの用だ。しかし別の用も出来た。早く来い。”」
ブツリ。ツー、ツー。この決まった電子音はいつ聞いても悲しい音。尤も、今は悲しいよりも恐れに似た感覚だ。それは私なんかよりスクアーロさんの方がもっと強く感じているだろう。
「ご、ごめんなさい!私、つい…」
「気にするこたぁねぇ。ちょっとシバかれる程度で済む。……ちょっと、な。」
この“ちょっと”が尋常じゃないことくらい分かる。気にするなと言った時の顔、真っ青だったし。うわ、それよりまたまたお風呂上がりですかスクアーロさん。刺激的な朝だなぁ。露わになったままの上半身には自然と目がいく。この体に、抱かれてしまったんだ。そう思うと頬が熱くなる。スクアーロさんは急いでシャツに腕を通し、黒いコートをキッチリと着込んだ。仕事着を着た男の人は魅力的。スーツだろうが汚れた繋ぎの作業着だろうがそれは変わらない。例え暗殺の為の黒い隊服だって、変わらない、はず。
「なまえはまだ寝ていろぉ。あとバスルームは右の部屋だからな、起きたら勝手に使え。」
「で、でも…あ。」
ちゅっと頬に唇が触れた。次は耳。縁を挟むようなそのキスは、ちょっとくすぐったい。その時肩にかかった銀の髪はまだ乾き切ってなくて、ひんやりとした。耳元で聞こえたのは低いのに艶っぽい、スクアーロさんの
「行ってくる。」
の声。耳から唇が離れると、ブーツが床を蹴る音がした。その音はどんどん遠くなり、同じようにどんどん遠くなるスクアーロさんの背中を、私はずっと眺めていた。
「ゔお゙ぉい、二度寝するなら何か着て寝ろよぉ。」
「え!?」
扉を開けてから振り返るから、ドキッとしたのに。言われて気づいた。自分が下着姿のままなことに…慌てて掛け布団を肩まで引き上げると、いい眺めだったけどな、と笑って、スクアーロさんが扉をパタンと閉めた。
stage21 end
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