「ゔお゙ぉい、何やってんだぁ?」
「イタリア語のお勉強です。」
みんなの集まる談話室、その部屋のほぼ中心に置かれたフカフカのソファに座って熱心にテキストを読んでいると、頭上からずしりと声が降ってきた。声だけで誰かすぐ分かるから、顔は上げない。顔を見ると、少なからずドキドキしちゃったりするんだろうな…うわっ、私乙女っぽい!
「今更?…何か不便でもあるのかぁ?」
「ちょっと気になることがあって。」
「なら教えてやるぜぇ。」
「!スクアーロさんが、ですか?」
あ、驚いて顔上げちゃった。やっぱり格好いいな…髪も綺麗だし。十年前より少し老けているのは当たり前だけど、全然三十路越えしてる様には見えないよね。あれ、もしかして私ガン見しすぎ?変に思われてるかな…ああっ急に逸らしちゃうと余計変に思われるかも!じゃあ、どすればいいんだろう。私、昨日までどうしてたっけ?
「なんだぁその顔、一人で百面相しやがって。」
「ええ!へ、変な顔してましたか!?」
「別にそんな意味で言ったんじゃ…」
そこまで言って、スクアーロさんは少し驚いてから、ニコリと柔らかく笑った。こんな笑顔…初めて見た。け、ど、どうして笑ってるの?私か?私、何か可笑しいのかな。訳分かんないけど兎に角恥ずかしい…やだやだ、笑わないで。
「あ、あの、スクアーロさ…」
「いいぞぉ!お前、表情が増えたな。」
「?」
「初めて見た時は、あまり顔色を変えない女だと思った。無表情か怯えるかのどちらかだったからなぁ。」
…私、そんな顔してたっけ?無表情か怯えるかだけって、最悪じゃんか。でも確かに、あの男と別れてから全部面倒になって、楽しいことがなくなった気はしてたかな。仕事も恋も全部捨てたのは、そのせいかもしれない。
「そ、そんなことないです!それより、教えてください。」
このテキストには載ってなかった。私が知りたいのは日常生活のアレコレではないんだから。ずっとひっかかる、ベルさんの言葉が。王子が鮫、意味が分からないならいい、イタリア語を勉強しろ…これって統合すると、イタリア語を勉強すれば“王子が鮫”の意味が分かるってことだよね。
「何が知りたいんだぁ。」
「王子…いや鮫の方かな…あ、“王子が鮫”ってイタリア語で何か意味ありますか?」
「ゔお゙ぉい!!嫌味が言いてぇのか!!!」
えええ!!なんで私怒られたの!?意味分かんないんですけど…私がその大音量の声にビクついていると気づいたスクアーロさんは頭を掻きながら、誰に言われたのかと私に聞いた。音量はいつもの(勿論常人よりも大きい)に戻っている。
「ベ、ベルさんに…私の王子は鮫だって言われて…日本のことわざみたいに、何か意味があるのかなって、思って、それで…」
「なっ!あ、んのクソガキがぁ。」
ん?何故ここでスクアーロさんが動揺してるんだ?ギリギリと鳴る左拳の意味は、私には分からない。
「…教えてやるぜぇ。」
「ホントですか!」
「ああ。き、気分悪くするんじゃねーぞぉ。」
「へ?」
“スクアーロ”
本当に珍しい小さな声で自分の名前を呟いたスクアーロさん。私が頭にクエスチョンマークを浮かべると、先程より少し大きな声でハッキリと言い放った。
「スクアーロ。鮫はイタリア語でスクアーロ、俺の名だぁ。」
すくあーろ、が鮫で、鮫は私の王子で…つまり、ベルさんが言いたかったのは、
なまえの王子は
スクアーロだろーけど
もしかして、ベルさんにバレてた?ねぇ、なら真ん前で目を泳がせているこの人は、何を思ってる?
stage11 end
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