短編たち | ナノ

side響



「今日も行けないや」

「……わかった」


わかった、といいながら那月の柔らかい髪の毛を撫でる。
那月は目を細めて微笑んだ。


愛おしい

那月のことはちゃんと好きだ。

でもあの日から頭を占めているのは時雨のことばかりなのだ。

鍵は那月に持たせた。
俺はそれを受け取りたく無かった。


無意識に唇に指を這わす。

一瞬だけ触れた熱
涙に濡れた時雨の目

あの瞬間、俺は時雨を抱きしめたい衝動に駆られた。


「…くそ」


時雨にはもう一週間会ってない。
学校にも来てないらしい。

つまりもうどうしようもねぇってことだ。どうすればいいかすらわからねーけど。

部屋は埃っぽくなっていく
最近はコンビニ飯ばっかだし洗濯物も溜まっていく


無くして初めて気づくのだ


好き、といった
時雨は、俺を好きだった


「……んなの、知らねーもん」

知らなかったで済まされる話ではないけれど、知らなかった

知ってたらどうしたんだろう

気持ちは返せたのだろうか


『響のこと好きなんだ』


はにかんだ笑顔で好きという那月


『好きだった』


壊れそうな、それでも綺麗なしんのある表情で好きと言った時雨


ほしいものがぼんやり、懐かしい笑顔で微笑んだ。




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