短編たち | ナノ


side時雨



「時雨くん、いてくれるのは嬉しいけど学校平気なの?」


「…すこしサボりたい時期なんです。すみません、母さん。」

「そう?ならサボっちゃいなさい」


甘やかされて育った。
だからこそ学校をサボったことなんて、そんな親不孝なことしたことなかった。


でも、今はそんなこと悩む間も無く無理だと心が叫んでいる。
泣くのはいやだ。

そんな、自分の弱いところ見せたくなんてない。


那月くんに殴られた頬を撫でる。
翌日赤くなっていたがそれももうとっくに冷え切っている。
彼が、羨ましい。

響を得たからでも、可愛らしいからでもない。

素直で、自分に正直だ。
だから愛される。
俺だって彼のことはどちらかというと好きだ。


「……ああまた」


あのことはすべて忘れちゃえばいいんだと何回も思ったのに、それでもぼんやりすればするほど思い返される記憶。


『時雨くんは最低だ』


好きな人の代わりにするなんて、か。

俺は代わりにしたつもりなんてなかった。だって何度も響の名前を呼んだ。

あんないい子を責めそうになる。
俺の何がわかるんだ。と



部屋はずいぶん埃っぽかった。
でも掃除はしていてくれたみたいで埃が積もった様子もない。

ベッドに腰掛けてみればギシ、となった。
ゴロンと横になる。腰がいたい。胸もいたい。頭もいたい。




これでよかったのだ。
響とも那月くんともクラスは違う。
これからは会おうと思わない限り会うことはない


好きだった

間違いない

じゃあ今も好きか

……それは考えたくない


でも俺がいることで俺にとっても、あの二人にとってもメリットは無かったはずだ。


なんで好きになったんだっけ
なんでだっけ

自分の髪の毛をくしゃりと掴む。


響の手が好きだった。
あったかくて大きくて

響の声が好きだった。
凛としていて優しくて


顔が、目が、足が、


つまるところ全部好きなのだ。


目の端からなにかがこぼれた。
ぼたぼたおちる。
あぁ、どんだけ緩めばいいの俺の涙腺は。


俺は馬鹿だ、絶対馬鹿だ

ヤられたことは悲しいのに思い出せば心がちょっとあたたかくなるんだもの


意識に沈みながら聞いたかもしれない「時雨」って声も
抱きしめられなかったけど握られた手のひらも
俺を見てなかったかもしれないけど熱に浮かされた目も


「……好きだった。」


好きだった

だった、にしたい。

もうやめたい

何回も思ったけど、願っても


「……見てよ…っ」


一度でいいから。


「……呼んでよ」


求めてしまうのはもはや本能なのだと思う。




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