短編たち | ナノ


21 side.那月



ずっと憎かった彼の、儚いまでに綺麗な涙をみて心の底がキュウと痛んだ。


響のことは一目惚れだった。
かっこよくて、クラスでも人気者の響を好きなひとはたくさんいた。

見た目から女みたいと馬鹿にされる俺にも、響は扱いを変えることなく平等に扱ってくれる。

勇気を出して想いを伝えたら、奇跡みたいなことが起こって、俺と響は付き合うことになった。


「時雨、俺恋人できたから」


俺を紹介するために、と響が会わせたのが時雨くんとの出会い。


身長は響より5センチくらい小さくて、俺より10センチは高い。

撫でたら指感触のよさそうな黒髪。
でも日に透けて茶色にも見える髪の毛を響が撫でる。

くすぐったそうに身をよじる時雨くんは、言葉に形容しがたいくらい綺麗なひとだった。

無表情なところが、またその綺麗さを際立たせていたのかもしれない。

俺をみて、一瞬見開かれた目はすぐにきゅ、と眇められて、

「そっか、よろしくね那月くん」

耳に馴染む綺麗な声すら、時雨くんにぴったりな声だとおもった。


綺麗だ、と思うと同時にとても焦った。
時雨くんと響は誰にも触れられない絆があるように見えたし、実際二人は誰よりも近かった。


安心させてくれたのは響で、響は時雨くんがいるところでも堂々と俺を恋人扱いしてキスくらいまでなら公開してた。

ヤってる時に入ってきたこともあったけど、けろりとした響の様子にまた安心なんてして。


おどろいたように無表情が少しだけ動いた時雨くんを見る目にすこし熱がこもっているように見えたのも見間違いなのだと自分に言い聞かせた。


時雨くんは響のことをそういう意味では好きではないと思ってた。
思った時期もあったけど、響が女とホテルに行っても、俺との行為をみても、へでもないといった顔の彼に安心していた。


なのに。



手に握る冷たい感覚が俺を現実に引き戻す。


ーーー「好きだった」


時雨くんの涙は、痛々しいくらい綺麗だった。白い頬を透明な雫が次々にすべり、ぽたぽたと地面に染みを作っていく。

はは、と笑った口元も震えていて、

そんな彼を見たときどうしようもない罪悪感に襲われた。


好きだった。

と言った。

抱いてくれてありがとう。

と言った。


ねえ時雨くん。
君は、僕たちのそばにいてどれだけ苦しんで痛い気持ちを背負ってきたの?


けろりとした無表情の下で、いつも泣いていたの?


ただうつくしく、我慢強く、剥がしてしまえば脆い彼は、どれだけぼろぼろになってしまったんだろう。




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