短編たち | ナノ


19


痛いなあと思って、そしたらなんかほっぺたがすごくあたたかい気がして。
暴力ふるったほうが負けっていうけど、那月くんのことを恨む気にもなれない。

ゆっくり視線を上げると響と那月くんが目をまん丸くしていた。
まるで幽霊でも見たかのような、そんな顔の二人はじいっと俺の顔を見ていた。


なんなんだ、
もしかしてひっぱたかれて赤くなってるんだろうか、漫画みたいに。


「…あ。」

そっとほっぺたに触れて、気づいた。


俺はどうやら泣いているらしい。

歪んだ視界、泣くと頭痛くなるんだよなあ。でもそっか、

人前で泣いたことない俺が泣いてるから驚いてるのか。


「…ふ、」

だいぶ堪えてるんだなあ俺。
拭っても拭っても溢れる透明のそれは、この何ヶ月も我慢してきたものが溢れてるんだろう。


「止まんな…っ、はは」


止まらない。ぼたぼた、汚い。
那月くんみたいな透き通った素直な涙じゃなくてひん曲がった不良品。


「時雨く…」


「もういいや」


止まらない涙は放置して、ガサゴソとポケットを漁る。指に触れた冷たい無機質なものを引っ張り出して那月くんに渡した。


「これ…」


「もういらないから、那月くんにあげる。服とか処分してくれていいし」


ああもう、しつこい涙だ。
視界が歪むからそろそろ止まって欲しいんだけど。

鍵についてるストラップと目があった。
うん、もういらない。

思い出も、全部あげるから。
俺のなかの響を全部全部あげるから。


鍵を手にしてまだ呆然と俺の顔をみつめる那月くんはやっぱりとても可愛い。


「おい、時雨、」


すこし狼狽えたような響が少し俺に歩み寄ったのに気づいて、俺は響の襟をつかんで引き寄せた。


ちゅ、

と一瞬だけ唇に触れた柔らかい感触にまた目から涙があふれて、また視界が歪んだ。


「!?」

「好きだった。


ねえ、響。


俺を抱いてくれてありがとう」







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