短編たち | ナノ




「……は?」


抱きしめられたまま、頭の中で言われたことを何度も反芻した。

噛み砕いて飲み込んで、


「……なに、言ってんの」


さらに体温が上がる。心臓もうるさい。
とまれ、とまれ

ばれたらどうするんだよ、こんな、こんな。

「時雨が好きって、いってんの」

そっと俺を離し俺の顔を覗き込みながら響がゆっくり微笑む
なにそれ、なにその顔

そんなの見たことない

そんな顔、知らない


いつも那月くんに向けてるのともちがう、そんな甘くて蕩けそうな顔、

「う、そだ」


「嘘じゃねーよ。
許してもらえないこと、いっぱいしたけど
知ってて欲しい。

俺はお前が好きだ」


そうだ、そうだよ

だってお前は、響は俺になにしたと思ってんの
あんなの、強姦だっただろ
こき使われてきたし

都合のいいように使われてきたし


「……なんでそんな、今更」


今更そんなこと言われても
許せないだろ、普通


……だから俺は多分普通じゃないんだろうな

今更だし、嘘かもしれないのに

その二文字で考えられないくらい体が熱くなる。どくどくと心臓もうるさい


「時雨」

「っぅあ」

愛撫するように耳にキスをされ、小さく漏れた声に口をふさぐ。

俺はこいつを突き飛ばさなきゃいけない。
頭ではわかってるのに


「…俺が、」

「ん、」

「どんな、思いしたと思ってんの、」

どんな思いでお前の横にいたと思ってんの
涙に濡れたまつげを上に向ければ、響が目を瞠っていた

「別にセックスしたのなんて全然いい

痛かったけど、俺はお前が好きなんだ。セックスなんてそんなの、どうでもいい」

むしろいい思い出とか思っちゃってるんだから勘弁して欲しい

濡れたまつげがさらに濡れて、止まることなくぼろぼろ落ちる。


「でも、響は俺の名前を呼ばないし、抱きしめてくれないし

俺が、どんなに寂しい思いしたかわかってんの」


呼んでほしかった

那月くんじゃなくて、俺の名前を

代わりでもいいから一度くらい抱きしめてほしかった

俺を欲してほしかった

「あんな寂しい行為でも、俺が幸せだなって思っちゃったことが最悪だ」


伸びてきた響の手をぱしんと払う
いまだ瞠られた目は俺をまっすぐ見ていた、

お前はこんなときにやっと俺を見るんだな


「もうほんと最悪。

勘弁しろよ、あんなんされてもお前を嫌いになれないんだよ、ほんとさいあ……!んッ」


振り払ったはずの手はもう一度伸ばされ、今度はがしりと俺の手を掴む。
俯こうと目を伏せた瞬間後頭部を引き寄せられ、唇を塞がれた。




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