短編たち | ナノ




side時雨


「あれ、かえんねぇの」

「うん、用事あって」

「また無理して風邪引くなよ」

「ありがと安達」


終礼も終わって、ばらばらと人が帰っていく中、突っ伏してドキドキを抑えていた俺は安達に肩を叩かれて苦笑いで顔を上げた。

あんまりクラスメイトから話しかけられない俺からしたら安達は普通に優しいやつだなと思う。


癖になったのか知らないけど、また安達に頭を撫でられて目を閉じた。


那月くんはいつ来るんだろう

そしたら俺は言わなきゃいけない


幸せにね、って。
嫌味なく言わなくてはいけない

そう言わなきゃ、俺はこのまま進めない気がする。


「安達は帰るの?」

「ん?あと少ししたら部活始まる」

「なに部?」

「サッカー」

「あぁ、すごいぽい」

「褒めてんの?」

「うん、爽やかだもんね」

安達は。
目を細めて安達を見上げる。

安達みたいになりたい。
友達から支持されて、やさしくて

普通の恋愛ができる

そんな人になりたい


はぁ、とため息をつき、うつむく。

メールは来ない。
いつ頃来るの、と送ったメールは届いているはずなのに


どうしようかともう一度ため息をついた時、俺を見下ろすように立っていた安達がゆらりと揺れた。


「…お前って思ったより」

「?」

頭を撫でていた安達の手がゆっくり降りて、俺の顎を掴む。

「あ、だち?」

「なんだろ、わかんないけど凄い、そそられるっていうか」

「は?」

「こんなの変だってわかってるんだけど」


親指の腹でするりと撫でられた唇
反動でぽかんと開けた唇は撫でられて少し震えた。

なにこの空気は


安達の目はいつもより熱っぽい。
そんな目がだんだん近づいてくる。


「安達、なに…?」

「ごめん、少しだけ」



覆い被さるようにかがんだ安達との顔の距離はもう三センチも無いくらい。

どうなるかはわかってる

これからどういう距離になるかわかってる

それでもまぁいっかなんて目を閉じる。



でも目を閉じた時、やっぱり目の裏ではあの最低な好きな人が昔のように無邪気に笑った。


「っ、や、」

「お前らなにしてんの」


いやいやと振り払うように安達から顔を背けるのと、

耳馴染みした声が低く教室に響くのは、ほとんど同時だった。




「……響」





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