次郎部屋 | ナノ





「……え。」

「……帰る」

え、じゃねぇよちほさんの馬鹿。
というか俺のバカ。

ありえないめんどくさいありえない
ありえないありえないありえない

帰るって言いながらその場にしゃがみ込んだ。動く気力すらないや。めっちゃ馬鹿じゃん。


「…次郎、あのさぁ、」

「…っ、なんも、言うな」

というか目線合わせるためか知らないけどちほさんしゃがまなくていいから!
顔覗き込まなくていいから!


「もしかして、妬いてるの?」

「…違う」

「じゃあさ、」


なんでそんなに顔赤いのぉ?

幸せそうなゆるい声が耳元で響く。
耳に流れ込んだ瞬間、さらに顔に血が上った。


「……ちほさんなんて嫌い」

「うんうん」


というか寄らないでよ。甘い匂いが気持ち悪いんだから。

寄らないでよ。

そう悪態つきながらも、そっと自分からちほさんに手を伸ばした。その手をちほさんが優しく握る。

なにその顔

大人ぶってんじゃないよほんと。
でれでれしてんなよ。

「雛ちゃんはただの後輩
次郎は大切な恋人。

次郎が妬く必要なんてないんだよぉ、
俺は嬉しいけどねぇ」

「やいてないってば」

「そうだねぇ」

完全に子供扱いされてるし、あぁ腹がたつ。
腹が立つ!

「俺は次郎だけが好きなんだよ、ねぇ
わかってる?」

「…知らない」

「なら知っておいて」

俺の気持ち。


そう言いながらとろけた垂れ目がだんだん近くなる。

知ってるよ、馬鹿みたいに俺のこと好きって知ってるよ。

でも、それでも俺はめんどくさいから、そんなんじゃ足りないとか思っちゃって

もっと全部、全部全部。
全部の好きが欲しい。


「それでも…足んないんだもん」

そう小さく呟いた途端、唇が塞がれた。

「っ、ん、ん」

優しくあやすようなそれに、また腹が立った。嬉しそうにしやがって。
ガリッと思いっきり舌を噛んで無理やり止めれば、ちほさんは少し眉をひそめただけでまた舌を絡め始めた。


「んー!ちょ、普通止めるでしょ!」

「だって次郎ちょう可愛いんだもん」

「血の味するんだけど!最悪!」

「次郎の唇にも俺の血付いちゃってるあははぁ」

あははぁじゃないだろ、ばかじゃないの

あはは、なんて笑いながら自身の唇にもついた赤いものを舌でペロリと舐める姿が妙に艶があってまた顔が熱くなった。


「今日はゆっくりできないかもしんない次郎」

掠れた声が耳に響く。
ゆるく、余裕そうな声に少しだけ焦りが滲んでいて、心臓がぎゅぅぅっとした。


「いつもゆっくりじゃないくせに」


今更何いってんの、と鼻で笑えばまた口を塞がれた。