次郎部屋 | ナノ







「ちほさん帰ってくんの遅くない?」

もらった合鍵で部屋に居座るのは付き合い始めてから恒例である。
言ってることは押しかけ女房すぎるしうざいとか思われてそうですこしつらい。

「仕事だよぉ
カイチョーがこき使うからさぁ」

「…うん」

わかってるよ

仕事だってことくらい。
それでも疑っちゃうのはどうにもふわついているちほさんのせいだ。


ちほさんは荷物を置いてすぐ、ソファに丸まっている俺のとこまで来てすりすりと擦り寄る。
それも恒例だったけど。

でも今日はなにか違う。


……香水の匂いがした。
甘くて、嗅いだことのない、甘い甘い、お菓子みたいな。


ちほさんは香水が嫌いだ。
だから石鹸みたいな匂いがするはずなのに今日は違う。


(甘い)


気持ち悪い。


「……帰る」


パッと振り払って立ち上がる。
嗅いでいたら吐きそうだ。

「え!?かえんのぉ!?なんで!?」

「むり。もうむり、帰る」

「もー!どうしたの次郎」

「ちほさん変な匂いするもん、むり」


困ったちほさんの顔

俺がバカみたいだ。
感極まって
掴まれた手は何故か振り払うことはできない。それでもふわふわ香る甘い匂いにえずきそうになった。


「変な匂い?」

「甘い匂い」

「しないよ」

「するの」

するんだよ、じゃなきゃこんなに気分悪くならないもの。

やだなぁ、ガキじゃないんだからさぁ俺ってば。でも最近ちほさん帰り遅いし、そもそも授業に来ないし

噂によると一年の可愛い子に言い寄られてるらしいし。


「……一年生の子、かわいいでしょ」

「はぁ?一年生?」

「あのちっちゃくて髪がふわふわの子」


時々クラスメイトの話題に出るくらいのアイドル具合だとか。そしてその子がちほさんに想いを寄せているだとか

意識しなくてもどんどんいらないことが頭に入ってくる。


「あぁ、雛ちゃんのことかなぁ?」

「っ」


雛ちゃんって。なにそれ
すごい、もやもやする

なにそれなにそれ


「やっぱ帰る」

「ちょっ、次郎!どうしたのほんとにさぁ!」

振り払ったのにまた掴まれて、おまけに引き寄せられる。甘い匂いが色濃くなって泣きそうになった。


「っ、今俺ほんとめんどくさいから、帰らせてよ」

「なにがぁ?なにがめんどくさいの?
ねぇ次郎、なにがあったの?」


なにがあったの?

それはこっちのセリフだ。

振り返ってちほさんの目をじっと睨んだ。


「こっちのセリフ。
こんなに匂いがつくまで、その雛ちゃんとやらとどんなことしたの」

「……へ?」


あぁ、しくじった。