次郎部屋 | ナノ
「い、きなりなにしてんですか」
はぁはぁと息を整える次郎。もう一度その赤く濡れた唇を塞ごうとしたがそこはなけなしの理性をもって抑えた。
「会いたかった。勝手に飛んでんじゃねえよ馬鹿」
くしゃりと黒髪をかき混ぜる。そうすれば次郎は肩を揺らし、俺の肩口に額を押し付けた。
「俺はいなくなるぜ、次郎」
「…はい」
「寂しいだろ?」
「…別に」
そう言いながらも次郎の細い方がちいさく震えた。
猫はなつかないなんて言ったのは誰だろうか。
顎を掴んでむりやり上を向かせれば、黒い瞳に薄く涙の膜が出来ているのがうかがえた。
「泣くな」
「っ、」
「お前に泣かれるとどうしたらいいかわかんねぇんだよ。」
目を大きく見開いた後、次郎の長く色濃いまつ毛が伏せられた。
しばらくそのまつ毛をふるふると震わせていたが、ゆっくり、またゆっくりと目をこちらにむけた。
「じゃあ、笑いますね」
そう作られたのは情けない泣き笑い。泣くな、と言ったのにまつ毛には涙があふれ、瞬きすれば溢れるだろう。
それでもその表情はまごうことのない笑顔で。
「また来る。
いつでも来るからよ、次郎。」
「はい」
「またな」
「、はい」
さようならなんて言ってやんねぇ。大学部なんて校舎が変わるだけだ。ただすこしだけ遠くなるだけ。
離さないし、これからも溶けるくらい甘やかしてやりたい。
恋とか愛とか、そんなもんじゃなくて。
一種の母性なんじゃないかと心で笑った。
もう一度抱きしめ、ゆっくり離すと次郎はまた綺麗に笑う。
なぁ次郎。
「飛鳥先輩、ご卒業おめでとうございます」
お前に懐かれてるって自惚れてもいいよなァ?
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