次郎部屋 | ナノ



それからは遠慮なくこき使った。


「あのとき君に転ばされたせいで足が痛いなぁ、ねぇ次郎」


どうとでも逃げられるような脅し文句にもお人好しな次郎は頷く。

食堂で食券を買って来させたり、飲み物をパシらせたり

そんなのはしょっちゅうで。


書類をとどけさせたこともあったし真夜中に叩き起こして眠くてぶすくれている次郎を見るのも楽しかった。


ただの犬、が愛犬に変わるのにそう時間はかからず、


「伊賀せんぱーい、この書類どこに置いたら…って、なに笑ってんですか怖いんですけど」


どんどん守りたい存在になっていく。


「怖いなんて失礼だね」


ぽんぽん、とソファの隣をたたけば戸惑いながらも隣に座る。


風紀室には誰もいなくて、今思えばソファに居心地悪そうに座る姿もなんだか愛おしかった。


今思えばこの時次郎は生徒会長だった神田飛鳥の愛犬でもあったんだな、と少し苛つく。



ただ僕は次郎のことはなにも知らなかった。

白くてひょろくて、もやしみたいな僕の犬。それだけでその時は充分だった。


だからこそ。


『この電話は現在電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため……』


次郎が突然いなくなったとき、とてつもない焦燥感と、喪失感と。


探すにもクラスさえしらなくて、クラスを突き止め担任に聞けば、


「桐生くんならお得意の高飛びですよ。たしか今回はシンガポールでしたっけ。」


もういないのだと突きつけられた。


ねぇ次郎、僕はお前のことなにも知らずにただ愛でていたんだ。


いなくなって気づいた自分の気持ちは愛玩物への思いではなく、れっきとした恋心。


「え、善ちゃん風紀入ったの?嘘でしょ?冗談って言ってよ!ねぇ!?」



数ヶ月。

短いような、長いような時が過ぎて、突然耳に入った懐かしい声。

そして視界にはいった黒髪に白くてひょろくて、もやしみたいなお前。


口元にうっすら笑みを浮かべて歩み寄った。






「久しぶりだね、次郎クン」



もう逃がしてなんてあげないよ。