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(好きだ)


どうして人は、みんなが幸せになれないのだろう。
どうして人は、こんなに小さくて残酷なのだろう。
どうして、人は・・・。


「・・・・・・」


泉に告白された。そう認識するまであまり時間はかからなかった。
けれど動けなかった。
話すのが怖い。目が合うのが怖い。その後に何を言われるかわからないから、幻滅されたくなくて。
考えばかりが先走って、触れることさえ怖い。

『幼馴染み』なんて、今までこんなに小さい器に嵌ってしまっていたのか。
気持ちばかり成長して、その気持ちを抑える精神なんてまだ育ちきっていなくて。
悲しそうに向けられた背がひどく小さく見えた。


(・・・わり、先帰る)


思わず腕を掴んだら、一瞬驚いたように泉が震えた。
けれどこちらを振り返ることはなく、無言のまま静かに振り払われてしまった。
そのまま泉は一度も立ち止まらず教室を去り、なまえも一言も言葉を発しなかった。

傷付けた。彼を、泉を。
あんなに小さくて悲しい彼を、今まで見たことがあっただろうか。
答えなかったから、逃げていたから。
それが一番彼を苦しめると、気付かなかったから。

結局、昨日から泉と話していない。
メールも電話もなし。教室に行って目が合ってもすぐ逸らされる。
ああ、きっと嫌われてしまったのだ。
仕方ないことなのだろう。仕方のない、こと。

“嫌だ”

どうしてこんなことを思うのだろう。
泉に酷いことをした。きっと告白したことも後悔している。
だけど、今までずっと一緒だった彼がいなくなることがいなくなることが、こんなに寂しいものだなんて。
考えもしなかった。今までのように、これからも二人でいると思っていたのだ。
それは自惚れや理想じゃなくて、確信。そうだと信じていた、それ以外なんて考えたこともなかった。
それが崩れた今、泉は何をして、なまえはどうすればいいのだろう。


「なぁ泉ー!」


脳の端っこで捉えたその名前に自然と反応してしまう。
見れば、田島が駆け足で泉に近付いていた。それに彼は普段と変わらない態度で接する。
普段と、変わらない。
昨日のことは彼にとってさほど重要ではなかったのか。それとも、やはり自分に愛想を尽かしてどうでもよくなってしまったのか。

なんて狡いのだろう。
傷付けて突き放したのは自分なのに、隣に泉のいない時間が嫌だなんて。
嫌われてしまっていてもいい、傍にいてほしい。
今さら離れて、これからどうすればいいのだ。
彼のいない日常なんて知らない、当たり前のなくなった日々の過ごし方なんてわからない。
泉が隣にいて、初めてなまえは成り立つのだ。

それはどこか、愛に似ているような気がした。


――――


放課後から、もうどれくらい経ったのだろう。
暗くなった校門前で一人、ぼうっと立っている。
時折グラウンドから聞こえる声は、間違いなく野球部のものだった。
腕時計を見れば時刻は9時ちょっと前。
そろそろかな、と思ったと同時に野球部の挨拶が耳に飛び込んできた。
ミーティング以外の日に泉を待つのは初めてだ。昨日の今日、きっと予想なんてしていないはず。

数分後、野球部の面々と一緒に自転車を引っ張っていた泉は、思った通りなまえを見た途端に動きを止めた。
こうすけ、と名前を呼べば、気を使ったのか部員達は泉に一言告げてコンビニへと向かって自転車を走らせた。
野球部が何も知らなくて良かった。


「こ、」

「・・・」


呼びかけて、止まった。
泉は自転車を引いて結花の横を通り過ぎたのだ。
今までこんなことはなかった。喧嘩した時より、彼の視線が冷たい。
離れてしまう、彼が。自分が知らない、違う人になってしまう。


「孝介っ!」


駆け足で近寄ってシャツの袖を掴んだ。
それとも彼はこちらを向かない。
もう手遅れなのか。
けれど、それを理解する余裕はなまえにはなかった。ぐしゃぐしゃの頭に、ただ一つの言葉が木霊する。


「行か、ないで」

「・・・っ!」

「行かないでよ、孝介ぇ・・・」


愛なんてなかった。泉だってわかっていたはずだ。
ガシャン、と泉の手から離された自転車が地面に落ちる。
次の瞬間に全身に感じるぬくもりは、結花がよく知るものだった。


「・・・知らねーからな」


耳元で泉が呟いて、その意味を知りながらなまえは頷いた。
気持ちを偽るのは辛かった。けれど、何より彼が傍にいないことが耐えられなかったのだ。

彼女に恋した彼。彼に恋できなかった彼女。
かみさま、かみさま。悪いのはどちらなのでしょう。


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