alone | ナノ



結局はいつもそうだった。
あいつが初恋の相手を見つけたと喜んで知らせに来た時とか。
バレンタインに義理チョコを配って回ってた時とか。
フラれたって泣き付いてきた時とか。
心のどこかで苛ついてて、だけどその意味なんてまだ知らなくて。

なら、今は。
この気持ちを知ってしまった今、オレはどうすればいいのだろう。
思えばいつも、オレはあいつの『逃げ場』だった気がする。
あいつは泣きたい時に必ずオレのところに来て、それがなんだか誇らしくて。
傍にいてくれるなら、逃げ場でもいいって、思ってた。


「こーすけっ!」

「んー?」

「宿題っ、忘れた・・・!」


顔を引きつらせて朝っぱらから駆け寄ってくるなまえの手には、恐らく昨日言い渡された課題ができていないであろう数学のノート。
わざわざそれを持ってくるのだ、彼女が泉に言いたいことは明白だった。
けれど、ここで普通に渡してしまうほど泉は素直ではなかった。


「ふーん・・・ガンバレな」

「こっ、こーすけぇー!」


適当に流して机に突っ伏そうとすれば、慌ててシャツの袖を掴むなまえ。
ここまで必死になられると逆に面白くて、顔を机に伏せたまま笑いを堪える。
それでもふるふると肩は震えて、頭上から結花の怒った声が聞こえる。


「ちょっとー!なんで笑うのっ!」

「ふは、ははっ・・・ワリ、止まんね・・・っ」


止めようとしても込み上げる笑いは抑え切れなくて、目の前で頬を膨らますなまえがまた面白くて、更に笑えば彼女の表情は怒ったものから飽きれ顔に変わる。


「もう孝介なんて頼んない!ハマちゃんとこ行ってくるっ」

「はは、待てって。いーよ使って」


くるりと背を向けた結花を引き止めて、机から彼女お目当ての数学のノート、宿題済を取り出す。
散々からかっておいて浜田のところに行かれるのが嫌だなんて、少しわがまますぎる気もするけれど、途端に笑顔になるなまえを見たらそんなのはどうでもよくなった。


「わは、ありがとーん!」

「30秒で写せな」

「え!?無理!」

「うそ」


からかえば全て本気にして、冗談だと言えば頬を膨らます。
まるで小動物みたいだ。
本人に言ったら、また大袈裟に捉えて色々と文句を言ってくるのだろう。

結局泉のノートを借りたなまえは、ありがとうと満面の笑みを向けて自分の席へ戻って行った。
まったく、むかつくくらい可愛らしい。自然と熱くなる頬に意識を向けながら、自分らしくない考えを消し去ろうと髪を掻き回す。


「素直じゃねーの」

「・・・るせーな」


少し後方から浜田の声が届いた。
どうやら先程までの一部始終を目撃していたらしく、にまにまと笑いながら軽く小突かれる。
うぜぇ、と吐き捨てて腕を振り払い、今度こそ机の上で組んだ腕に顔を埋めた。

寝るつもりなんてなかったのだが、毎日の練習から来る疲れのせいなのか、だんだん瞼が重くなり結局眠気に負けてしまったらしい。
とんとんと肩を叩かれ、目が覚めて初めて自分が寝ていたことに気付いた。
泉を眠りから覚ましたのは、おそらく目の前にいる結花。
教室をぐるりと見れば、どうやらHRはずっと寝ていたらしく担任の話がすっぽりと抜けていた。


「孝介、ホント睫長いよねー」

「・・・観察してんなよ」

「いいじゃん、見られて困る顔してるわけじゃないんだし」


むすっとした表情を表に出す泉とは逆に、なまえはいたずらな笑顔で上機嫌だ。
今まで何度も可愛い可愛いと言われてきたが、実際そんなことを言われて喜ぶはずがない、むしろムカムカと苛立ちが増すだけ。
孝介可愛くていいなー、なんて言うなまえの額を軽く小突く。馬鹿、オメー鏡見てみろ。羨ましがる理由がどこにあるんだ。


「アホか」

「何さー、せっかく褒めたげたのに」


口では文句を言っていても、その頬は緩みっ放し。へらりと笑う表情が妙にむかつく。
とうとう何も言わなくなった泉に、なまえはつまらなさそうにして先程渡したノートを差し出してきた。


「ありがと、ギリギリ間に合ったよ」

「300円な」

「金取るの!?」


鋭いつっこみは幼い頃から鍛え上げられてきたもの。
けれど、素早く反応する技術を身に着けるよりか、いい加減に慣れるということを何故覚えないのか。
先程と同じように「ウソだよ」と言ってノートを受け取る。
なまえはからかわれると怒った素振りを見せるが、泉はそれが面白くてやっているのだから意味は皆無、むしろ逆効果だということにも、本人は気付かない。

一人心の中で笑っていると「なまえ、」と彼女の名前が呼ばれる。
何かと思い振り返れば、彼女と比較的仲の良い女子が手招きをしていて、なまえは首を傾げながら近付いていく。


「何ー?あ、花井君」


無邪気な唇から出た言葉に驚き、そちらに視線を集中させる。
けれどなまえと話している相手は、ちょうど教室の壁に阻まれて顔が見えない。
花井なのか。どうして花井が、結花に。
泉が野球部に所属していることで、自然と彼女も部員達と話すようになった。
もちろんそれは泉の友達、彼と同じ部活の人という認識をしていた。
なのに、どうして花井が自分から結花と話しに来るのか。


「うんわかった、ありがとう」


にこにこ笑うなまえがむかつく。
身体の奥底でぐつぐつと何かが煮え滾って、緩やかだった血の流れが早くなる。
ひっそりと隠して表に出さなくても、確かに感じる嫉妬心。
こちらから見えない花井に手を振って、なまえは呑気に戻ってくる。


「花井?」

「うん」

「なんだって?」

「委員会のこと。ほら、私も花井君も美化委員だから」


ああ、そういえば。確か花井は、ジャンケンに負けて美化委員になったと言っていた気がする。なまえも同じ理由で同じ委員会になったことを知っていて、軽く嫉妬していたこともしっかりと覚えている。
二人が話していた理由がわかって、泉の機嫌が少し良くなる。


「放課後に集まるんだってー」


面倒ー!と駄々を言いながらもなまえの口元は確かに弧の形になっている。
それは文句を飛ばしながらも、結局は委員会も嫌ではないということ。
子供みたいに騒ぐ結花を適当にあしらっていると、彼女は泉の傍を離れて窓際にいる田島と三橋に寄っていった。
野球部には所属していないものの、野球そのものは大が付くくらい好きで、練習もよく見に来るなまえ。
部員達の中でも、同じクラスの天然コンビと称される二人とは瞬く間に仲良くなっていった。

以前、野球部に入らないのかと聞いたことがある。
彼女はあくまで笑顔で言った、「部活に縛られるのはヤダ」と。
確かに自由人である結花に部活は合わないのかもしれない。
けれど、本当の理由は別にあるような気がしてならないのだ。

なまえは自分がいるから野球部に入らないのでは、と。
泉のいる野球部に気まずさを感じているのではないか。
練習を見ている彼女は本当に楽しそうで、大声で声援を送ってくることもある。
けれど時折、ほんの一瞬だけ見せる表情があることを泉は知っていた。
グラウンドを見つめる目線の寂しさも、フェンスを強く掴む手が小さく震えていることも。

愛しさを覚えても、触れることはできないのだ。
諦める努力なんて、もう何度もしてきた。
叶わない想いなんで馬鹿らしい。それでも、どうやったって想いは消えなかった。


(、好きなんだよ)


遠くにある背中に向けて、音にならない言葉を飛ばした。
ぎゅう、と心臓が掴まれたみたいに苦しい、痛い。
一番近くにあったはずの人が、だんだん離れていく気がした。
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