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あれからずいぶん経った。ずいぶん、という表現なのは、もうずっと時間を見ていないから。朝からずっと、布団に潜るか時々起き上がって飲み物を飲むか。別にどこかに出掛ける予定もない。時間を気にする必要はないのだ。
多分、三回目の起床。見れば窓の外はもう暗かった。冬になってから夕方という時間は殆どなく、昼の太陽が沈むとすぐに外は真っ暗になってしまう。向こう側はさぞかし寒いのだろうと、まるで壁か何かに区切られた別世界にいるような感覚で暗闇に光る電灯を見つめた。


「、んんー・・・っ」


むくり、毛布を剥いで起き上がり両腕を真上に伸ばした。ぐぐっと筋肉がほぐれる感じ。
朝に比べてだいぶ気分も良くなったけれど、まだ少し怠い。熱は下がりきっていないかもしれない。
時間が経てば経つほど、孝介と話しにくくなるのだと思っても、どうしてももう少し休んでいたくなる。
闇に手を伸ばす。片手をついた窓斑は氷みたいに冷たい。
明日、もしくはもう少し後、孝介に会ったら、彼はどうするのだろう。
こんなに彼のことがわからないのは初めてだ。会いたくないと思うのも。
けれど神様は無情だ。私の願いなんて簡単に崩してしまう。

真っ黒い影が見えた。暗い闇の中にぽつん、と佇んでいる黒。同じ色なのに何故か一際目立って見える。
冷たい窓ガラスに手をかけて、今まで別世界だった空間に頭だけ乗り出した。誰だろう、ただそれしか考えていなかった。


「っ!」


目が、合った。玄関先に立っていた彼が、上を見上げたのだ。
暗闇に不自然に浮き出たワイシャツが揺れる。皺の動き、髪の一本一本のなびき方がやけにリアルに視界に張り付く。ほんの少しの動きでさえこんなに鮮明に映されるのに、どうして窓を開ける前に気付けなかったのだろう。


「なまえ!」


叫んだ声は確かに彼の、孝介のもの。反射的に窓を閉めた。乱暴に閉められるカーテンの隙間から、彼の呆気にとられた表情が見えた。
窓に背を向けていると案の定、ピンポーンというチャイムの音。2、3度繰り返される音にどんどん追い詰められていく気がした。
早く帰ってくれという願いも虚しく、もう慣れきってしまった幼馴染みの家に彼が遠慮などするはずもなく玄関ドアの開く重たい音がした。
迷わずこちらに向かってくる足音。孝介は私の家の仕組みも何もかも熟知していた。
慌てて部屋の鍵をかけると、ほぼ同時に彼の足音も止まる。私の、部屋の前で。


「なまえ、何鍵かけてんだよ!」
「っ」
「開けろって!」
「や、やだ!」
「はあ!?」


一枚のドアを挟んでの会話。私からすれば正に首の皮一枚の状態だ。
どうして来たの。ほっといてくれれば良かったのに。
言いたかったけれど、言えば物凄い勢いで反論されることは目に見えている。
バン!とドアを叩く音に小さく身を震わし、ドアを背もたれにズルズルと床に座り込んでしまった。


「ざっけんなてめー!開けろ!話聞けって!」
「嫌!」
「っのやろ・・・開けるまで帰んねーぞ!」


軽くドアを殴って、孝介はそのまま部屋の前にどんっと座り込んでしまった。
まだ、まだ時間が足りない。顔を見るのも話すのも怖い。だから目を瞑って耳を塞いで、俯いて彼の存在を感じないように。
早く、早く帰って。こんな私に呆れ返ってしまえばいい。
ドア越しに背中合わせ。こんな薄い壁一枚じゃ向こうの体温でさえ感じてしまいそうで。
理不尽だ。帰ってほしいと思うのに、心のどこかでまだ彼に助けてほしいと願っていたことに、壁越しの体温に触れて初めて気付いた。



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