alone | ナノ



時間は止まらず動き続ける。当然、ひとも。
広いようで狭いこの世界には溢れるほどの人間がいて、日々自分の存在を非力ながらも主張している。そんなものだ、結局。主張しながらも世界に気付かれることなど殆どないのだから。
あるとすればそれは、歴史の教科書を何ページも占めるような人だけ。
それでもひとは時間に流され生きているのだから救えない。有名で誰もが知る人間だって、決して不老不死などではない生身であることに変わりはないのだから。
まして私のような、世界を見渡せばどこにでも転がっているようなただの女子高生なんて。
それでも、私が感じた想いを『どこにでもいる』なんて思いたくはない。私が生きた16年にあったこと、変わったことは確かに私だけのものであると。


「なまえー。お母さんちょっと出かけてくるからねー」
「んー」


リビングから聞こえてくる母親の声に答えて、それまで被っていた掛け布団を剥いだ。
休んでしまった。仮病ではない。多少ではあるけれど熱もあったし、気怠さもある。
けれど何より、今日は学校に行きたくなかった。否、会いたく、なかったのだ。
教室に入れば、朝練を終えた彼が真っ先に私のところに来ることなど目に見えてわかっていた。
けれど、会って、話して、どうする。どうすれば彼の望む答えを出せる、どうすればこの胸の奥で疼く感覚を上手く伝えられる。
当たり前にそこにいた。空気を吸うのと同じくらい。ろくに言葉も交わさず、当たり前にいつかズレが生まれることも知らずに。
喧嘩すれば泣いた。仲直りしたらまた笑った。でもそれはやっぱり『当たり前』のことで。十年以上も一緒にいたというのに私は決して彼に歩み寄ろうとはしなかった。
当たり前の感情を特別と感じたのは、長年の月日があったから。私にとっての泉孝介は、特別なように思えて実はそうではなかったのかもしれない。酷いやつだとは思う。思うけれど、ここで綺麗ごとを並べたところで当たり前の生活は何一つとして変わらない。私は、逃げているから。

熱のせいで沸騰したように熱い脳みそに悩まされること数時間。何度目かわからない振動。枕元のケータイが震えていた。
目は向けるもののそれに出ようとは思わない。相手はたぶん、想像した通りの人だから。
けれど振動は止まない。しつこいなあ、とさすがの私もケータイを手に取った。
パカッと開くとその理由が明らかになった。
着信3件、メール1件。


「あー・・・」


呟きながら、とりあえず着信の方を確認。泉孝介、3件。
こうなるとメールの方の送り主は明らかだ。マナーモードをサイレントに変えて、またケータイを枕元に放った。
悪いけど今は話したくない。たとえそれがメールでも。
私は馬鹿だ。おまけに熱がある。メールでも彼の言葉に上手く対応できる自信がない。

もし、もしも会って話したとして、どうすればいいのかわからない。
私にとっての彼はたった一人の幼馴染みで親友で。だけど彼は違った。友達、なんかじゃなかった。
全然かみ合わない感情が苦しかった。一番近くにいるのに本当は何も知らなかった。知ろうとしなかった。
孝介が苦しいのも私の胸がジクジクするのも気付かないようにして、振る舞って、気付きたくなかったから。だってどうすればいい。
彼は私を置いてどんどん成長していった。その気持ちを自分のものだけにして、その上で私と関わってきた。気持ちだけ置いていかれたんだ。実際はすぐそこにいて笑って手をつないでいたのに。
いつになるのかはわからないけれど、もう、今は彼には関わりたくなかった。
これ以上、私を荒らしてほしくなかった。知らなかったで済まされるところに、隠れていたいんだ。
こうなったら徹底無視を決め込んでやる。私はまた布団をかぶった。

気付きたくなんて、なかったのに。
本当はもう戻れないことくらいわかっているんだ。だって私が、昨日までの私じゃないから。口にしてしまったらもう止まらないことくらい知っていた。
でも私はまだ自分をごまかす。だって怖いよ、どうしようもなく。
なんで、どうして。
こんなに悲しくて苦しくてわけがわからなくて。
こんなにこんなに、愛しいなんて。


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