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「浜田・・・ッ!」


静かな教室に自分だけの声が響く。落ち着け、落ち着けと頭は言いかけるのに、身体が思うように動かない。意外にも脳は冴えていて冷静でいられる。けれどそれは、所詮頭の中だけの話だ。
浜田は何も言わない。薄く夜の影がかかった表情は何を考えているのかわからないくらいに落ち着いていた。ワイシャツの衿を掴む手に力がかかる。


「おまえ、あいつに何したんだよ」


泣いて、いた。反対側の扉から逃げ出す時、確かになまえは泣いていた。
オレが来た途端に逃げて、ここにいたのはあいつと浜田だけだった。理由は浜田に間違いないはずなのに。どうしてこいつはこんなに平気な顔をしているのだろう。こいつにとってもなまえは大事な後輩だと、自分で言っていたじゃあないか。
浜田は人を泣かせて平気でいられるような人間じゃない。わかっているから、今のこの状況がわからない。普段人前では泣かないなまえ、馬鹿みたいに明るくて彼女と仲の良い浜田。
ケンカではない。なんとなくそう思った。そんな空気ではなかった。
問い質すのが怖いとも思った。今までにないことだったから。
平然としている浜田が浜田じゃあないみたいだ。全く別の誰かだという錯覚を起こしそうだった。
肌寒い空気がピリピリと頬を走る。


「・・・泉も報われねーよなあ」
「、なに、言って」


ゆっくりと開いた浜田の口は、まるで予想と違った言葉を吐き出した。かすかに手が震えた。
報われないと言う浜田は相変わらず無表情で、居心地の悪さに逃げ出したくなる。
振り返らずに走り去った彼女。脈絡のない話をする浜田。何か関係があるのかと考えてもわかるはずがない。
だってオレは、逃げていたんだ。なまえに嫌われたくなくて、もう苦しめたくなくて。間違いを恐れていた。
距離を置かれたと気付いた時、疑問を持つのと同時に、安心した。離れていれば誤って傷付けてしまうこともないと。結局は意気地無しな自分を隠して守るだけなのに。
結花と話して、仲直りして、また元通りになれるとは限らない。きっとオレは、仲直りした後もどこかでなまえに深入らないようにと彼女を見ないようにしていた。それこそが間違いだと、心の奥底で気付きながら。


「みょうじが泣いてた理由さ、知りたい?」
「・・・言えよ」


知りたい、ではない。浜田はその返答に小さく笑った。こいつの無表情が崩れた瞬間だった。
浜田の落ち着いた態度が苛つく。
なまえのことを一番に知っていたかった。辛いことでも、知らないで一緒にいるなんて耐えられない。
理由、なんて、一言では言い切れない。ただそう在りたい。
逃げていた。多分、オレも、なまえも。
一度は壊してしまった幼馴染みという関係。千切れやすくて、脆い。もう間違えたくなくて、踏み出すのを諦めた。それが一番の間違いだとも気付かずに。
一番に知りたいのに、できない。中途半端に超えてしまった壁は想いも願いも全て歪ませてしまった。
あいつな、やっと開いた浜田の口を目が追った。


「あいつ、自分を表現するのが苦手なんだよな」
「は?」
「だからー・・・つまりな、自分が思ってることとか、一人でぐるぐるしちゃって相手に伝えられないんだよ」
「・・・それが?」


浜田の言うことは、確かに思い当たるものがあった。昔から彼女は一人で勝手に悩むくせがあって、それが余計に心配させるのだと気付かない。
それは彼女と付き合っていれば誰しもいずれはわかることで、当然浜田も知っていておかしくはない。
そんなこと不思議でも何でもないオレにとっては、その事実よりも、それが何の関係があるのかが気にかかって仕方がない。話の流れからしても、関係ないとはとても思えない。またなまえが、オレに何か隠しているということだろうか。


「あいつは自分で隠してたんだよ」
「何を」
「気持ち」


特に面白がるような素振りもなく、浜田は机に頬杖をつきながら淡々と話す。こんな時、こいつが自分よりも年上の先輩なんだと思わされる。
自分にはない落ち着き。一年違うだけで、何もかもが変わってくる。どんなに背伸びしたってオレは浜田にはなれないし、それは浜田も同じだ。
不意に、浜田の目が自分に向けられて、視線が合う。真剣だった。何か言われるのだと、すぐに気付いた。


「でも、泉も逃げてた」
「・・・、」
「おまえら同じなんだよ。だからややこしくなるわけ」


当然のように言いのけられる。どうしてか、責められているような気になった。
好きだけど、その気持ちは確かだけど、胸にしこりが残ったみたいにつっかえる想い。迷い。
馬鹿みたいに真剣な浜田から、どうしても目を逸すことができなかった。
まだオレは、弱い。
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