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そのことに気付いたのは、少し前。
人生なんて、感情なんて、ほんのちょっとのことで良くも悪くも変わっていく。
人生を語るほど長く生きてきたわけではないけれど、今ほどそれを感じさせられることはなかった。
自分勝手。優柔不断。
今の私にぴったりな言葉だ。
結局、何も知らないのは私だった。彼のことも、私のことも。


「じゃあここを・・・みょうじさん」

「げ、」


数学の授業中、ちょうど引っ掛かっていた問題を当てられ小さく声を漏らした。
なんでわざわざ問5なんだ!他なら答えられるのに!
自分以外にも当てられた生徒が次々に黒板に向かい、白い字を書いていく。
とにかく答えを出さなければと、先生の目が他の生徒に移っているうちに隣の子にこっそり聞いて、答えだけをノートに書き写した。
そしてそれを黒板にも写して、見事マルをもらった。
教えてくれた子にお礼を言って、他の答え合わせをしようとシャーペンを握った。

けれど、こつん、と机にグシャグシャにされた紙切れが落ちてきて、自然とペンは止まった。
とりあえずそれを手に取って投げた相手を探す。
犯人は案外すぐに見つかり、二つ離れの席の泉が、無言のまま紙を開けと伝えてくる。
言われるがままに開けば、そこには殴り書きで一言。


『だっせー』


乱暴に書かれた言葉。それにも馬鹿にされているみたいで、むっと眉間に皺が寄る。
前を向く直前、勝ち誇ったように笑った顔が私を挑発していると知りながらもこのまま負けるのは私のプライドが許さなかった。
机の中のメモ帳から一枚切り離し、側にあったオレンジのペンで字を書く。
バーカ!そう書いたメモを丸めて、泉の頭目掛けてなげる。
けれど流石は現役野球部。今まで前を見ていたのに、頭に当たりかけたメモを片手でしっかりと掴んだ。

メモを開いて、読んで、また手紙を書いて。
同じように投げられた紙を、危く取り損ねるところだった。


『おまえよりマシだし』


ここから本格的に言葉の乱闘が始まった。

『私より英語悪いくせに』『オレより数学悪いくせに』『今日は調子良くなかったんだよ!』『言い訳とかだっさ』『何さそばかすタレ目!』『るせーよツルペタチビ』


ピシッ。音を立てて何かが崩れた気がする。
こ、のやろ、人が気にしてることを二つも!!
むっかぁ、と怒りが込み上げてきて、今までより乱暴にメモ帳をちぎって雑にとりあえず思い付く悪口を書き殴った。
ぽいっ、と投げて、はたと我に返った。
まて、いま、なに書いた・・・?


『さいってー!大っ嫌い!』


大っ嫌い、だいきらい、って。
あれ、私今まで孝介に大嫌いなんて言ったこと、あったっけ・・・。
しまったと思って前を向くと、泉はこちらに背を向けて黒板に目線を向けていた。
驚きも、反撃もない。至って普通に、黒板の数式を書き写している。
そうしていううちにチャイムが鳴り、礼を済ませるとみんな席を立ってガヤガヤと騒ぎ出す。
そんな中、もやもやしっぱなしだったけれど、不意に横を通った泉が、放るように紙切れを机に置いた。
急いで開くと、予想外の返事。


『あほ、オレだって嫌いだし』


ガラガラと崩れたのは、私の心だったのかもしれない。
なんで、なんで悲しいの。なんで辛いの。
知ってる。わかってる。私は。
ずきん、ずきん。痛い、苦しい。だめだ泣くな。
彼から嫌いと言われたのも、初めてだった。
本心なのか聞くことさえできない。あの頃の私達とは違うから。


言われて、気付いた。
想われるって、すごく幸せなことなんだ。
想われてるから安心できる、いつも笑っていられる。
想っている側が辛いなんて知りもせずに。


「なまえ、次移動だけど」

「え、わ、ごめん」


ぽん、と友達に肩を叩かれて、慌てて席を立った。
ふと横を向けば、教室から出ようとドアに手をかけていた泉と目が合い、ふいと逸らす。

どうして、どうしてこんなに。
ほんの少し遅かっただけなのに。それだけで、全てが変わってしまった。
どうして今さら、こんな思いをしなければいけないのだ。
私には、この気持ちを育んでいく勇気はないよ。
辛くなると、知っているから。

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テーマ「人外ファンタジー」
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