alone | ナノ



昼休みの後、放課後、ずっとなまえは気にしていてくれたのに、結局一言も話さず、今日が終わった。
高校に入ってからは練習が楽しく感じられて部活の時間が好きだったけれど、こんなにも練習を嬉しく思ったのは初めてだったかもしれない。
なまえのことを、忘れられるたった一つの時間。
けれど、それは泉が思っていたよりもずっと容易く、破られたのだ。


「、・・・?」


こうすけ、と誰かに呼ばれた気がした。
振り向いて、後悔した。

ああ、どうして、なまえは。
たった一時でもオレの中から消えてくれないのか。

向いた視線の先、細いフェンスの奥に、彼女はいた。
ちくり、小さな刺が胸に突き刺さる。
姿を見るだけで、昼休みにあったことを思い出す。悲しそうな彼女の表情が浮き出てくる。
違う、悪いのは結花じゃない。
自分の我が儘だ。勝手に怖がっていたんだ。
このまま彼女との関係が壊れてしまうような気がした。
こんなことを続けていたら、いつか彼女に嫌われる気がした。
泉が決めた関係、泉が望んだこと。
結花は全部認めていた。泉の、ために。


「・・・、」


しっかりと目が合ってしまった彼女から離せなくなった視線を無理矢理ずらして、何事もなかったかのように練習に意識を向ける。

いつもいつも、泉のために我慢するなまえ。
それが間違っていると気付いたのは、昼休みの会話。
本当は、思っていることを全て言ってほしかった。
我慢なんてしてほしくなかった。
なまえの気持ちも全部含めて、好きになった彼女だから。

しばらくしてなまえがグラウンドに背中を向けて歩き出したのを、横目でそっと見送った。

これで本当に呆れられてしまっただろうか。
当然だ。元はと言えば自分のせいなのに、それを彼女にぶつけてしまった。
けれど、この方がいいのかもしれない。もう元には戻れなくても、この歯痒くてもどかしい感覚から解放される。そしてそれは、彼女もまた同じで。

ごめん。我が儘言って、勝手に怒って、お前の気持ち無視して。
結局本当に言いたいことは何一つ言えないまま、終わるのだ、オレ達は。
きっとそれが、本来そうあるべき形。
明日会ったら、もうこんな馬鹿みたいなことは止めよう。
好き、だからそうするべきなんだ。
好きだ好きだと気持ちばかりを押し付けて、彼女が苦しんでいると知りながら。
違ったんだ。好きだから、だからこそ。
大切にしたいと、笑っていてほしいと願うものなんだ。
今まで胸につっかえていたしこりの原因は、それだったんだ。
なんであんなことしてしまったのだろう。そんな後悔はなんの意味も持たないのだが、つい考えてしまう。
大丈夫。たとえ結花からの信頼を失っても、諦めることができなくても。
今のオレと決別しよう。


「したーっ!」


部活が終わり挨拶すると同時に、今まで野球に集中していた『選手』の表情が一変する。
疲れた、汗かいた、と練習での疲れを口から空気に乗せて吐き出す。
無論泉も例外ではなく、ユニフォームの胸元を摘んでパタパタと風を送る。


「いーずみー」

「あー?」

「今日コンビニ行くかぁ?」

「あー、止めとく」


ロッカーの前で乱暴にユニフォームから頭を抜く田島。
所々もごもご言っていたが気にせず返事をすると、さっき自分がしたみたいな空返事が返ってくる。
自分も汗で肌にぴったりとくっつくアンダーシャツを脱いでワイシャツに着替える。汗のせいで張り付く感覚が気持ち悪い。
早く風呂に入りたくて、他のメンバーに「じゃーな」とだけ言って一番最初に部室を出た。

外は暗いのにもかかわらず蒸すような暑さのせいでまた汗をかきそうだ。
自転車を走らせて風を切ればいくらかマシにはなるものの、この気怠さは冷房の効いた部屋に入るまでは治らないだろう。

家のすぐ手前まできてふと玄関前の辺りに視線を向ければ、そこには何故か一つの人影。
宅配物か何かかと思ったが、こんな時間に来るはずもなく泉は自然と目を凝らす。
そこに立っていたのは宅配ではなく。


「・・・なまえ・・・」


ぐらり、目が眩む。
今にも周りの暗闇に消えてしまいそうな、彼女がいた。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -