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本当にこんなことを続けていていいのだろうか。
そう思い始めたのは、案外最近のことで。
素直に嬉しかった、彼女との距離が近付いた気がして。それに気持ちがなくとも、彼女の同意の上でその関係にあることを泉は何よりも望んでいたのだから。
けれど最近、漸く最近になって、こんなことが赦されるのかと思うようになった。
あくまで舞い上がっていたのは自分一人で、勝手に恋人気分に浸って彼女が悩んでいることに気付いていたにも関わらず。
それでもなまえは変わらず笑うから、ついそのことを忘れそうになってしまっていたのだ。


「あのさ、」

「なに?」

「なまえ、好きなヤツとかいねーの?」


それを聞いた途端、なまえは緩やかな曲線を描いていた口元を丸く開け、ぽかんと泉を見上げた。
動揺しているのは明らかで、そこまで分かりやすい態度を取ったのは当然、それを予想もしていなかったからだ。
正直、泉も平常ではいられなかった。こんな質問を彼女にしようなどとは、つい一週間前までは考えもしなかっただろう。

もしもこれで、「イエス」と返ってきたらどうする。
いや決まっている。離れるんだ、これ以上深みに嵌まってしまう前に。
では逆に、「ノー」と返ってきたら。
できることならこちらを望んでいる、とはとても言い難い。
もしそうなら、自分はまた彼女の甘みに付け込んで結局はこの関係のままだ。

嬉しい。切ない。愛しい。もどかしい。

一体今の自分には、どれが当てはまるのだろう。
ただ泉には、すぐ傍のこの幼馴染みの答えをじっと待つことしかできなかった。


「いない、よ。そんな人」

「、・・・そ」


多少落ち着きがなかったけれど、嘘ではないだろう。
何しろなまえの嘘の下手さは普通ではない。今まで彼女が嘘を貫き通せたことはないし、自分の時はいつもすぐその場で気付いてしまうのだ。相手にバレたり自分でバラしたり、とにかく嘘が苦手なのが彼女だ。
結局、進展後退共になし。
安心しなかったわけではないけれど、複雑なのも確かだ。


「ねぇ、孝介・・・」

「んー」

「もし、好きな人いたら、どうするの・・・?」


その質問にドキリともしなかった、本当にこういう時は冷静だ。
次に結花がこの質問に出ることくらい容易に想像できた。そういうやつだ、彼女は。
ぼけっと遠くの空を見たまま、さぁな、と答えると彼女は不安げな表情を更に曇らせる。
そのわかりやすさにため息が出そうになりながらも、泉はなまえに向き直って微笑んだ。


「・・・また、離れようとする・・・?」

「・・・ったく、どっちが我が儘なんだかわかんなくなるな」


ぽんぽん、と小さい子供を慰めるようになまえの頭を撫でる。
わかっている。我が儘なのは自分の方だ。
けれどなまえも、泉を必要としていたのだ。泉とは違う理由、違う感情からだったとしても、相手を想う気持ちは泉よりも大きいのかもしれない。
ただそれだけなら良かったのに。本当に、自分も結花もそれだけなら、どんなに良かったか。もしそうではなかったとしても、それを装えるだけの我慢ができたら。
けれど人間というものはどこまでも貪欲らしい。昔は良かったのに、今はそれだけでは飽き足らなくなってしまったようだ。
いつからか、お互いの気持ちがかみ合わなくなってきていた。

なまえにとっての泉は。必要不可欠、傍にいなくてはならない。言わば自分の半身、兄妹のような存在だった。
けれど泉からしてみればどうだろう。昔はそうだった、彼女のことは世話のかかる妹のようで、けれど大切な存在。
それがいつからか、彼女に恋愛感情を抱く自分がいることに気付いた。
はっきりとした境目はわからない。いつから好きになったとか、何がきっかけだったとか。
ごく自然に、泉の目はなまえばかりを追うようになっていた。

近いようでなんて遠い、想いの違い。皮肉にもそれは、彼女と自分の間で起こってしまったのだ。


「・・・なまえ」

「な、に?」

「キスしたい」

「!」

「って、言ったら?」


泉の口から飛び出た衝撃の一言に、なまえは息をするのも忘れるほど驚いた。ビクリと震えた肩は拒絶ではない。
視線を上下左右にずらしながら悩む結花を前に、ほんの少し罪悪感が生まれた。
さすがに悪戯が過ぎたか、と冗談だと伝えようとすればそれより先になまえが口を開いた。


「、・・・いい、よ」

「・・・!」


まさか返ってくるとは思わなかった返答。それも、了解だ。
予想外の展開。嬉しくないわけがない。けれど本当にそれでいいのかと、踊る心臓とは別に違う感情が脳を占める。
けれどなまえの瞳はとても冗談には見えなくて、更に泉を混乱させる。
きゅう、と心臓が締め付けられるのを感じながら、泉は片手を結花の肩に置き、そっと顔を近付けた。


「・・・っ」


けれど唇が触れるか触れないかの瀬戸際になって、ギュッと瞑られたなまえの目に違和感を感じた。
少し待ってみればどうだろう。触れている肩は小刻みに震えていて、形の良い眉は切なげ、或いは悲しげに寄せられている。

何が良いのだ。何が良いと言うのだ。そんなこと少しもないじゃないか。
少なくとも彼女は、この行為を自ら望んでいるわけではない。


「、ッけんな・・・」


え、と泉の呟きに反応して目を開けた結花の両肩を掴んで、グイッと身体を離した。
てっきりこのままキスされると思っていた結花は、何がなんだかわからず呆然とするばかりだ。
当然、泉が何に対して怒っているかなどわかりもしない。


「こうす・・・」

「お前どこまで馬鹿なんだよ!」


ビクリと、なまえの身体が震えた。
彼女に対してこんなに大声を上げることなんてあまりない。
それはいつも、怒鳴る前に彼女が泉の変化や苛立ちに気付くからなのだが、今回ばかりはなまえもそれを気にかける余裕はなかったのだ。


「そうやっていつもオレ優先して!」

「・・・っ!」

「何で本当のこと言わないんだよ!ンなことしてオレが喜ぶわけねぇだろ!!」

「っ!孝介!」


叫ぶなまえに背を向けて、サンドイッチの袋とまだ手付かずだったおにぎりを引っ付かんで屋上から駆け出した。
そのまま何も話さず昼休みは終わり、午後の授業が始まっても、放課後になっても、なまえと話す気にはなれなかった。
今話したら、もっと酷いことを言ってしまいそうで。
久し振りにした喧嘩は、今までで一番重苦しかった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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