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映画の最中、隣でボロボロ泣く結花を見て何故かため息をつきたくなった。
彼女はどちらかといえば涙脆い方で、ちょっとでも涙を誘うようなシーンがあればすぐに泣く。
それでも、こんな人がたくさんいる場所で、これだけ泣かれたらこちらとしてはかなり困るわけで。
唯一の救いといえば、この映画がラブストーリーではないこと。もしそうだったらきっと自分は今頃夢の中であろう。
男と女の二人組で、片方は泣いてて片方は熟睡なんて最悪だ。


「うっ・・・ぐす・・・こぉすけぇ・・・」

「あー、はいはい」


泉は片手に持ったままのポケットティッシュから一枚取り出し、呆れたようになまえに手渡す。もう何回繰り返したかわからないくらい、さっきからこのやり取りを続けている。
なまえはそれで涙を拭いたり、鼻をかんだり。
この様子だと、やはり自分の存在は彼女の中の『男』というカテゴリーから完全に除外されているらしい。
普通涙を拭くはあっても、男だと意識している相手の前で鼻をかんだりはしないだろう。
その現実と自分の情けなさに、とうとう一回目のため息が口から吐き出された。


「うぁー、泣いたっ」

「泣きすぎだろ」


映画館から出た後、なまえの映画感想は休むことなく次々に上げられる。
犬と飼い主の絆、そんなストーリーの映画はもう何度も見たというのに、毎回毎回涙が涸れるのではと思うくらいに泣かれる。
逆に自分はもう慣れてしまって、ただじっとそれを見るだけ。
全く正反対な自分達。これは涙腺の弱さを足して二で割ったら丁度いいのではないだろうか。

未だ涙の余韻に浸っているなまえの言葉に、淡泊に答えれば不満そうに眉を寄せる。


「何さ何さ、孝介の冷血!ばーかばーか!最低男!」

「殴るぞ」


街中で冷血だの最低だの叫ばれたら、当然人の視線が集まるわけで。
咎めるように睨めば、頬を膨らませたまま黙る。
拗ねたなまえはとりあえずそのままに、昼食をどこで済ませるか考えを巡らせる。
なまえの好きなもの、といっても彼女は相当な気分屋で、好きな食べ物などはその都度変わってくるのだ。だから余計に面倒くさい。
いっそのことファミレスにしてしまえば、今食べたいものが選べるだろうか。


「孝介」

「ん?」

「いいよ、孝介が食べたいので」


いつも私の都合ばっかだし、と結花は笑うが、今自分は一言も昼食の話なんてしていない。
それなのに察しが良い辺り、彼女は気が利くのかも知れない。
だが自分が食べたいもの、と言われても困る。いつも彼女に合わせていた分、普段と違ってしまうと逆にやりにくいのだ。
じゃあとりあえず歩くか、と言えば結花は笑って泉の後に続く。
ふわふわと、歩く度に揺れるスカートが妙にちらつく。


「なまえさ、その服新しいやつ?」

「え、うん。なんでわかったの?」

「いやなんか、白だし。新しくなかったらお前汚すだろ」

「なっ・・・、汚さない!」


何歳の時の話!?となまえは口調を荒げる。
ただそれは怒っているわけではなくて、単に幼い頃の失態を恥じているだけ。
ほんのちょっとからかうだけで本気にする、彼女は本当に飽きない。そう思うと、自然と顔が綻ぶ。
すると、笑っているのを馬鹿にされたと思ったのか、なまえは軽く泉の腕を叩き出した。


「もー!孝介ヒドスギ!」

「はいはい」

「むっ、むかつくー!」

「いって!おまっ・・・!」


面倒そうに流していたら、それが癇に障ったらしくなまえは右手で拳をつくって、そのまま泉の背中を強く殴った。
といっても、本気でやったわけではないのでそこまででもない。だが、正直それを予想していなかった泉は素直に痛みを感じてしまい、立ち止まってなまえを睨む。
が、彼女はその眼光に慣れきってしまっているため少しも怯まず、逆にべっと舌を出してきた。


「仕返し!」

「てんめ・・・!」


ざまぁみろ、とでも言うような態度のなまえに、ほんの少し怒りが沸いてくる。
泉はなまえの真正面に立つなり、予告なしに彼女の両頬を指で摘んで軽く引っ張った。
途端になまえは抵抗を始めるが、泉もやけになって放そうとはしない。
そうしている内に、じわじわとなまえの瞳に薄い涙の膜が浮かぶ。


「ぷ、情けねーツラ」

「いひゃいーっ!もぉー・・・はな、へっ!」

「おま、ばっ・・・!」


なまえは泉の手を引き剥がそうと、その両腕を掴んで身体を後ろへ引かせた。
確かに泉の手は離れた。離れた、が、その反動でなまえの身体が後ろに倒れそうになる。
泉は咄嗟にそれを防ごうと結花の腕を掴み引っ張れば、やたら軽い彼女の身体が自分の方に倒れ込み頭が胸板へ当たる。


「っ・・・、おっまえなぁ!」

「ごっ、ごめん・・・」

「、・・・ーっ!」

「孝介・・・?」


なまえは急に黙った泉を見上げる。けれど泉は、彼女と目を合わせもせずに横を向く。
その直後だった、なまえがその理由に気付いたのは。
今まであまり気にしていなかったから、わからなかった。
近すぎる距離、意識した時の緊張。
抱き留めるために背中に回された腕の感触がやけに伝わってくる。
慌ててなまえは泉から離れようとする。が、逆に泉によって制され、驚き顔を上げれば真剣な瞳と視線がかち合う。
それだけで何となく察してしまったのは、良かったのかはたまた不運だったのか。
ぎゅう、と背中から引き寄せられドクドクと心臓が早鐘を鳴らし始める。
孝介っ・・・。名前を呼んでも泉は反応を見せない。
時間が過ぎれば過ぎるほど不安は酷くなる一方。堪らず俯いた結花に、泉の胸がチクリと痛んだ。
このまま流されてしまってもいいのだろうか。彼女の本心を知りながら、自分の感情だけで動いてしまっても。


「・・・っ」


そっと彼女の背中に当てていた手を離し、それにより顔を上げた結花から逃げるように顔を逸す。
泉の思考が読み取れないのか、なまえは言葉を発しようとはしない。
一歩、距離を置きやはり視線は街にならぶ店へと向けたまま、泉は焦りを隠しながら口を開く。


「さっさとメシ食いに行こーぜ。腹減ったわー」

「え・・・あ、うん・・・」


泉の突然の変化に、なまえは戸惑いながらも返事を返し背を向けた泉の後に着いて足を動かす。
どうしたのだろうと疑問に思いながらも、とても聞くことなんてできず、結局は自分の思い過ごしだろうと解釈するだけで終わらせてしまった。
泉のその手が、関節が白くなるほどに強く握り締められていたとも知らずに。
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