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朝。顔を洗って、朝食を取って、それから服を選んで髪型を整えて。
変に緊張してしまって鼓動が微かに早い気がする。
なんで今さら。一緒に出掛けることなんて初めてじゃないだろう。いつも通り、いつも通りにしていればいいだけだ。
けれど、ふと思った。


「いつも通りって・・・どんなだっけ・・・」


十何年も一緒にいたのに、今までどんな風に彼と接してきたかがまるでわからなくなっていた。
思い返してみれば、いつも彼といるときの自分はそれ以上ないくらいに自然体だった。
だからこそ、状況が変わってしまった今どうすればいいのかわからない。
彼の前でちゃんと笑えるだろうか、当たり前に話せるだろうか。
考えばかりが先走って、頭が痛くなりそうだ。

きっと、この時初めて実感した。
離れることも辛いけれど、傍にいることがこんなにも苦しいのだと。


「、やばっ・・・」


止まっていた腕、その手首に付けていた時計は知らず知らずの内に長針を進めていて、気付けば約束の10時まで5分となかった。
ベッドに放ってあったバックをひったくるように持って、バタバタと部屋を出て行った。
二階にある部屋から一階に降りると、ちょうど来客を知らせるインターホンが家の中に響いた。
慌てたまま玄関に向かい、相手が誰かも確認せずに扉を開くと、その向こうには最近は見慣れなかった私服姿の泉が立っていた。


「こ、孝介っ、おはよ!」

「はよ。お前寝坊した?」

「ひどっ、起きてたよ!」


ふーん、と適当に返されて少ししたら、慌ててたから寝坊だと思った、なんて遠慮なしに言ってくる。
ああ、そうだ。これが彼の普通だ。それで自分はいつも、彼に色々からかわれて。
いつもしていたことが、意識するとずっとずっと難しく感じるのは気のせいではないはず。


「孝介のアホー」

「なまえのマヌケー」

「うわ、ムカつく」

「そ。いいから早く行こーぜ」


玄関先でいつまでもグダグダと喋っているのはなまえ。
泉はいつもそんな結花を引っ張っていく。そうでもしなければ、いつまでも話が進まないのだ。
渋々納得したなまえは、ベランダ用のサンダルからおしゃれな白いサンダルに履き替え、この間買ったばかりのスカートを翻し外にいる泉の隣に並んだ。

街に出ればさすが休日、どこを見ても人だかりができている。
はぐれんなよ、と泉が言う理由は、中学の頃に遊びに行った時、なまえが人波に呑まれて夜まで会えなかったというちょっと思い出したくないエピソードがあるからだ。
そういえば、あの時も泉は必死に自分を探してくれていた。会った瞬間に途切れ途切れの息で思い切り怒鳴られたのを今でも覚えている。


「おーい、なまえ?」

「え、あっ・・・なっ、何?」

「や、何って・・・お前なんかおかしーから」


ほんの少し眉を寄せて、泉はなまえの顔を覗き込んだ。
慌てて何でもないと告げても、イマイチ信用されてない気がする。
適当に誤魔化して、先を急かすように目的地の映画館へと足を進めた。


「・・・オレのせい?」

「え?」

「、なんでもねー」


泉がボソリと何か言ったけれど上手く聞き取れなくて、振り向いて確認すると何故かはぐらかされてしまった。
そのまま泉はなまえの隣まで歩み寄り、通り過ぎてすぐに先へ行ってしまう。
結花はそれに疑問を抱きながらも、目の前の背中を追いかけることしかできなかった。

いつの間にか緊張が消えていたのは、彼がそう気遣ってくれたからなんて気付かなかった。
そして、今日この日が当たり前に終われば良いと、心のどこかで思っている自分がいた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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