U・シンデレラヴィジョン | ナノ



駅で偶然出会ったイケメンさんは中学時代の同級生でした。


「なんかあれだな、少女漫画みたいな展開」
「少女漫画なんて読まないくせに」
「イメージの問題だろ」


控えめに笑う隣の彼は何だか楽しそうで、芽夢はため息をついた。車内から外を眺めれば、学校まではあと少し。次の角を曲がって、信号を一つ越えればすぐそこだ。ついこの間の出来事を何となく話してみたが、彼はただ面白がるばかり。それどころか少女漫画のようだとたとえるあたり、何とも感じていないのだろう。これが大人の余裕というものか。何か言ってほしいなんて、大して思ってもいなかったが。流れる景色を眺めて、またため息。憂鬱なのは彼の反応ではなく、今日の帰りを思ってのことだ。朝帰りどころか丸一日以上も家を空けていたのだ。夜にメールを入れたとはいっても、おそらく帰ったら雷が落ちるに違いない。雰囲気に流されやすいのは、悪い癖だ


「ほら、もう学校着くぞ」
「んー…」
「何、匂いなんか嗅いでんの。別に臭くないぞ」
「違うー。先生の匂い付いてないかなって」
「別に良いだろ。昨日は香水使ったから絶対移ってるし」
「だよねー…まあ良いや、先生の香水好きだし」
「ていうか先生って」
「雅人さん」
「なんだよ」
「雅人さんって、呼ばれるの好きでしょ」


今度はこちらから、してやったりな笑顔。彼が不服そうな顔をしたタイミングで、車は止まる。あっという間に立海大学の校舎前。やっぱり車があると便利だ。「ほら、さっさと行ってこい」なんて適当に送り出すくせに、別れ際のキスを忘れないのが何だかおかしくて芽夢はまた笑った。次に会うのは夕方だ。半日もしないでまた会えるというのに。


「水竿さん、おはよう」
「あ…幸村さん。おはようございます」
「ふふっ」
「何ですか?」
「いや…今日は目線が高いなあって」
「見下ろしながら良く言いますね。ちなみに今日は十センチです」


噂をすれば、というやつだろうか。登校して早々、背後からかけられた声に振り返れば先ほど話していた幸村精市、本人が立っていた。あの日以来、彼は頻繁に芽夢に構うようになった。キャンパスで見かければ声をかけてくるし、一人で昼食を食べている時にもたまに顔を出しては何食わぬ顔で隣に座ってきたりなんてこともある。それでも、芽夢が別の誰かと居る時は目が合っても軽く手を振るだけなので、しっかりと空気を読んで声をかけてきているらしい。一人で歩いている今なんかは、ごく自然に隣を歩いて「やっぱりちっちゃいなぁ」なんてからかってくるというのに。


「そういえば、ラクロスサークルって外部からコーチ来てるよね。あのすごい背高い人」
「ああ、はい」
「この前初めてちゃんと見たんだけど、俳優みたいな顔してるんだね」
「まあ、顔は良いですから」


おそらくは褒め言葉、だろう。しかし彼が言うと、どうしても若干の嫌みのように感じてしまう。彼のルックスが原因であって、決して性格に難癖つけているわけではない。彼とは、こんな何でもない日常的な会話がほとんどだ。時たま中学時代のことを話しても、互いの認識が違っていたせいかどうも噛み合わないことばかりなのだ。


「水竿さんの髪さ、ちょっとピンクっぽいよね。昔はもっと栗色?っぽかった」
「ああ、ピンクはちょっとだけなんですけど、光が当たると目立つんですよね。去年までは黒にしてたんですけど」
「え、何それ見たい。写真ないの?」
「見てどうするんですか」
「どうもしないから見せてよ」
「嫌です」


何だか面白がられているような気がするのは、おそらく勘違いではないだろう。いたずらっ子というよりかは、いじめっ子なのではと最近思うようになった。この人はもしかして、弱いものいじめとかを好むタイプなのだろうか。ねえ、と単調な声をかけられて芽夢はそちらを見ずに適当な返事をする。


「ずっと思ってたんだけど、なんで敬語なわけ?」
「え?」
「同い年なんだから必要ないだろ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ」
「何を?」
「私、一浪ですよ」


ぽかん、と。この時初めて彼の間の抜けた顔を見たかも知れない。どうやら話していなかったらしい。私、一年。あなた、二年。と指差しながらもう一度説明すると、彼は考え込むように腕を組んだ。「そっか、だから去年まで全然見なかったのか…」って、全く見かけなかったという事実がある時点で疑問くらいは抱きましょう。
三年間、アメリカで生活していた芽夢は大学進学を理由に日本へ戻ってきた。しかし、元々勉強が得意なわけでもなく、急に帰国しても有名校である立海に楽々入学、なんてできるはずもなく。見事に受験に失敗し、一年間は浪人生活を送っていたのだ。正直、たった一年で合格できたのすら奇跡に近い。つまり、同い年でも幸村の方が一つ先輩というわけだ。


「初耳なんだけど」
「忘れてました」
「…まあ、いいや。学年は違っても、歳は一緒なんだし無理して敬語使わなくても」
「むしろ敬語の方が楽なんですけど…」
「なんで?」
「アメリカの学校、すごい上下関係厳しくて。年齢も関係なかったから癖になっちゃったみたいなんです」
「ふうん…まあ、君が話しやすいなら良いけど」


と、言いながら不満そうなのはどうしてだろうか。彼は敬語を使われるのが苦手なのかも知れない。それなら悪いことをしてしまった、善処しなければならない。けれど、彼はすぐにけろりとした顔に戻ってしまうから、どうにも掴めない。彼と過ごす朝は何だか長い。


「でもさあ」
「はい」
「なんで浪人してまで立海に?選ばなければ入れるところはあったと思うけど」
「あ、私、立海しか考えてなかったので」
「え、どうして?」
「あー…」
「?」


口ごもる芽夢に、首を傾げる幸村。確か、前にもこんなことがあった気がする。故意的ではないと思うのだが、彼はよく芽夢の痛いところをついてくる。しかし、隠すようなことでもなく、自分が勝手に言いにくさを感じているだけに過ぎない。


「彼氏が、ここの卒業生なんです」
「…え、それだけ?」
「それだけです」
「なんで?卒業してるなら関係なくない?」
「いえ、それがですね」
「うん」
「彼が今、うちのラクロスサークルでコーチをしてるんです」


ぱち、ぱち。幸村が二度、長い睫毛を揺らしてまばたきをした。どうやら今度こそ言葉を失ってしまったらしい。まあ、分からなくはない。


「え、水竿さんの彼氏ってあれ?あの背高い俳優みたいな顔の?」
「はい、それです」
「うっそ!俺、この前水竿さんとその人並んでるの見て、親子みたいって笑っちゃったんだけど!」
「…せめて兄妹が良かったです」
「そうじゃないだろ!あの人何歳なの?」
「今年で二十八になりますね」
「…………犯罪でしょ」


良く言われます、なんて笑って言えば訝しげな視線に睨まれる。実年齢の差からも良くない目で見られるのだが、何より並んだ見た目が良い評判をもらったことがない。低身長で、化粧を落とせば中学生に間違われかねない童顔。そんな芽夢に反して、彼は大人の雰囲気を全身から醸し出すような人だ。並んだ絵面が不格好なのは重々承知しているため、怒る気にもなれない。逆に言えば、周りからどんな評判を受けようが気にすることなんて少しもないくらい芽夢は彼に一途なのだ。芽夢が他人に自慢できることなんて、それくらいしかない。


「じゃあ、あれか」
「はい?」
「さっきからぷんぷん匂ってくる男物の匂い、あの人のってことか」
「え、あー…昨日のやっぱり付いてたんだ…」
「昨日?」
「…あっ」
「ふうん……水竿さん」
「は、い」


鋭く光った視線が芽夢を捉える。完全に墓穴を掘ったことを後悔しても、もう遅い。名前を呼ばれ歯切れ悪く返事をすれば、彼が一歩近くなる。すん、と匂いを嗅ぐように息を吸う顔が、今までで一番近くにあった。どうしたら良いか分からず固まっていると、幸村の口元が細い三日月を描く。


「悪い女の匂いがするよ」
「、な…」
「それじゃあ俺は西棟だから、またね」
「あっ、ちょっと…!」


出会った時の花のような笑顔とは程遠い、そんな顔をした彼は意味深な言葉を投げつけるなり芽夢から離れていった。悪い女、って。今のは悪口、なのだろう。多分。逃げるように走る背中に若干の不満を抱きつつも、芽夢は深く息を吐いて幸村とは逆方向に歩き出した。最近ため息が増えたような気がしてならない。
親子みたい、と言われたと話せば、彼はどんな顔をするだろうか。ぼんやりと、そんなことを考えながら。
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