U・シンデレラヴィジョン | ナノ



「えっ、かわいい」


お昼時のテラスにそんな声が上がった。声が大きいです、と言えば悪びれもなく「あはは、ごめん」という彼に怒る気も失せる。未だ手元のそれを見つめる幸村に、やっぱり断れば良かったかもしれないと若干後悔。
事の始まりは、芽夢がふと思い出した話をしたこと。夏祭りで昔の同級生に会って、中学の卒業アルバムを数年振りに開いた、という話だった。当然ながら、中学のアルバムならば幸村の写真だってある。今よりもほんの少し幼い顔立ちの、それでも美人としか言いようのない少年を見たのだ。そのことを幸村本人に話したら、話題がどう飛躍したのか芽夢の昔の写真を見せることになっていた。「水竿さんばっかり人の子供の頃の写真見て卑怯だよね。俺にも見せてよ」「自分の卒業アルバム見れば良いじゃないですか」「そんなのもう覚えるくらい見た」とか何とか、そんな感じだった気がする。というか、覚えるくらい自分の写真が見られていたという事実に赤面したくなるのは仕方のないことだろうか。何やってるんだこの人。
九月に入って学校が始まっても、幸村との交友関係は続いている。というより、以前より砕けた彼の態度により仲が深まっているような気もする。幸村が芽夢に対して必要以上に良い人の振る舞いをすることがなくなって、余計に親しみやすくなったのかも知れない。彼が芽夢にとって良き先輩であることは変わらないが、無理をしない自然体な付き合いは心地よかった。ただ、大人すぎるくらいの雰囲気が剥がれたことで、軽口が増えたような気がする。今まではめったに、可愛いなんて口にしなかったくせに。それが、留学中の写真を見せただけで簡単に言ってのけるなんて。


「水竿さん、黒髪も似合うね」
「あ、ありがとうございます…っていうか、そんなにまじまじ見ないでくださいよ!」
「え、だって見せるために持ってきたんだろ?」
「それは、幸村さんが見たいって言うから…」
「ふふっ、なら良いじゃないか」


屁理屈だ。言われた通りに写真を持っては来たものの、そんな面白いものでもないだろうに楽しげに眺める幸村。写真の中とはいえ、その視線を独占していると思うと照れくさい。言葉や表情の中に時折、本当に中学生の時も好きでいてくれたのだという雰囲気を見つけるたびに、顔を逸らしてしまいそうになる。


「はい」
「あ、はい…え?」


漸く満足したのか、幸村は右手で写真の束を差し出す。だが、芽夢がそれを受け取ろうとすると、さっと左手も出され伸ばしかけた手が止まる。右手にも左手にも掴まれた写真。しかし、左手のそれに写っているのは芽夢ではなく、目の前にいる彼だった。ぱちくりとまばたきをする芽夢に、「見せてもらってばかりじゃ不平等だから」と笑う幸村。いや、それでは堂々巡りなのでは。とも言えず、せっかく厚意で用意してくれたのだからとそれも一緒に受け取る。というか、興味がないわけではない。少なからず好意を寄せた相手の思い出に触れたいと思うのは、ごく自然なことだろう。
幸村が持ってきた写真は、ほとんどが高校生の時のものだったが、中には中学時代のものも混じっていた。一年、二年のテニスで全国制覇を果たした時のもの。三年で準優勝になっていたことは、今になって初めて知った。修学旅行や文化祭での写真もある。今より幼げな赤也が何故かスカートをはいている写真には思わず吹き出した。これは、狙って持ってきたな多分。けれどやっぱり、テニスをしている時の皆が一番輝いているように見えた。インターハイ三連覇を果たした時の写真なんて、見ていて眩しいくらい全員が笑っていた。


「中学の時のこと、あんまり覚えてないんだっけ?」
「…あ、はい。覚えてないっていうか、留学中の生活がインパクトありすぎて」


写真を眺めている時に急に声をかけられて、つい聞き逃しそうになってしまう。写真から顔を上げれば、自分の写真を見られているというのに恥ずかしげもなく笑顔を浮かべている幸村。さすが、見られることには慣れているようだ。中学時代のことを忘れている、というのは間接的に幸村のことも覚えていないと言っているようで、少し躊躇った。本人は気にしていないようだったけれど、彼の思い出の中にいる自分を、芽夢はあまりはっきりと思い出せないのだ。海外でのトレーニングが過酷だったことや、ラクロスが出来なくなったときの恐怖、観衆からの暴言は今でも記憶に強く残っているといるというのに。


「いいよ」
「え?」


写真に落とした視線。ぼんやりしていてあまり見ていたとは言えないが。昔のことを思っていたら、急にかかった脈絡のない言葉に顔を上げる。頬杖をついて、相変わらず笑顔のままの幸村。やっぱり様になる。


「俺が覚えてるから、いいよ。無理に思い出そうとしなくても」


そういうもの、だろうか。以前幸村が話してくれた、入院中の彼の見舞いに行ったということも、芽夢はあまり覚えていなかった。少なからず、彼はその出来事を大切に思っていてくれたようだし、できることなら思い出したいと思っていた。けれど、幸村はまるで気にしていないみたいに、それは良いからと言うのだ。


「…幸村くん」
「……え?」
「って呼んでたのは、覚えてるんですけど」


中学時代のことで覚えているのは、親しかった友人の顔や名前。それから、世話になった教員達。三年の体育祭は大差で負けた。修学旅行の沖縄では有名な水族館に行った。そんなことを、ぼんやりと記憶しているだけ。何がどう楽しかったとか、いつ誰と喧嘩をしたとか、事実上あった出来事の深い部分まではあまり印象に残っていない。アメリカに発って生活も人間関係も全て変わった。新しい生活が上書きされるごとに古いことは忘れていって、自分がこんなに軽薄な人間だったとは、思いもしなかった。その中でも何となく、クラスメートだった彼をそう呼んでいたような記憶があった。幸村さん、と呼ぶことに慣れてしまった今では、少し恥ずかしい気もする。


「照れくさいな、なんか」


だから、そう言って笑う彼に少し驚いた。照れくさい、と言った通りほんのりと頬が色づいていて、まるで少年を見ているようだった。この人は、わかっているのだろうか。自分がどんな顔をしているのか。同い年だけれど、彼は先輩で、物腰柔らかな雰囲気は落ち着いているという印象を抱かせる。多少本音が垣間見れるようになっても、人間の本質というものは同じなのだからやはり以前と変わらないイメージもある。ただ、大人というより大人っぽい、の方が近いものを感じるようになった。十九歳、なんて、身体は完全に大人で、精神だってそれに限りなく近い。年が変われば成人式があって、それを節目に自分たちは世間で言う大人になるのだ。けれど、やっぱりまだ学生というぬるま湯に区分される自分たちに、そんな自覚はない。時折見せる、大人っぽい彼の少年みたいな一面になんだか安心するのだ。

大人になったら、叶えたい夢があった。大切な人と結ばれて、可愛い子供に恵まれて、ごく普通の幸せをかみしめながら生きていく。そしてその夢は、限りなく近くまで来ている。だけど、短くてもあと四年は先の話だ。今こうしてラストティーンを過ごす自分には、まだ何となくぼんやりとしている未来図。私はまだ幼い。
少なくとも、あと半年は"子供"でいられる。そんな確証もない保身で、私は言い訳をしながら明日も彼を昼食に誘うのだろう。写真の中の彼は、なんだかとても遠い存在に見えた。
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